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 97年の9月、10月、11月と、3ヶ月連続でお送り致しました「子供の音環境を考える」シリーズと題した当コラムが、1年半を越える現在に至るまで、未だに反響を呼び続け、御意見や御感想を頂戴し続けております。
 この問題については、今年の秋頃、前回から2年経ったところで、改めて取り上げてみたいと考えていますが、今回は、子供が接する「美しい」音、ということについて、興味深い一文を目にしたので、皆様に御紹介させて頂きたいと思います。
 フェンダーと言えばギターで有名ですが、この会社が「フェンダー博物館」を設立するにあたり、子供のための、音楽や演劇を体験し学ぶスクールを併設したそうです。
 その理由についてそこの館長さんが、
「過去を振り返るだけでは意味がない。未来へ向けて出来る限りのことをするのだ。それが人類の歴史だったのだ」とコメントしていました。
 これについては、98年3月号にて御紹介した、アメリカ先住民族、ネイティヴアメリカン達の古い掟の中の言葉を彷彿とさせます。
「土地は、祖先から受け継いだものではない。自分たちのものでもない。未来の子孫から借りているものだ。借りた土地を育て、豊かにして子孫に返すのだ。」
 万事何にでも当てはまる、素晴らしい言葉だと思います。
 博物館の館長さんのコメントは、更にこう続きます。
「対象を若者ではなく子供たちとしたのは、子供たちに、早い時期に、美しいということを憶え、馴染んで欲しいからです。美しいということを憶えれば、子供たちは物を壊さなくなるでしょう。窓ガラスやショーウィンドーに石を投げなくなるでしょう。」
 私はこのコメントを読み続けながら、本当に胸が熱くなりました。フェンダー博物館の館長さんのコメントの背景には、アメリカの青少年の荒廃の問題が勿論あるのでしょうが、振り返って我が国を見れば、表層的な現象こそ違え、問題は同じです。
 「お稽古事」は親の自己満足に過ぎず、このフェンダー博物館のように、子供に「ああ、きれいな音だなあ」「きれいな音楽だなあ」という気持ちを芽生えさせてやりたいとアクションを起こす人は少ないのが現状です。
 フェンダー博物館のコメントは最後にこう結びます。
「プログラムに音楽だけではなく演劇や舞踊も盛り込んだのは、出来るだけ多くの子供に門戸を広げたかったからです。{僕、ダンスがやりたいんだ}という子供に{ごめんね坊や、うちはギター会社だからエレキギターしか教えないんだよ}と扉を閉めるようなことは、どうしてもしたくなかったのです。」
 素晴らしい。本当に頭が下がります。心から敬意を表すると同時に、このように、深い懐で「大きく包む」ということが、今の時代、必要なのだなあと、痛切に感じました。
 それは別に、甘やかすという意味ではありません。
 人は、美しいと思う気持ちが生じると、それを「手に入れよう」と思います。それから、それを「守ろう」と思います。「慈しもう」「大切にしよう」「もっと美しくしよう」という気持ちが連鎖的に発生します。
 問題は、人間が、生まれてからどのくらいの時期に、「美しいな」という感情を覚えるのか、或いは覚えるべきなのか、ということだと思うのです。
 何に対して美しいと感じるかについては、それこそ個性ですから、その点について大人が押し付けるのは有害でしょうが、少なくとも、「この世には、美しいと感じる幸福があるんだよ」ということは、すべからく大人の責任で教えなければならないのでしょう。
 子供が生まれてから、日々の中で、自発的且つ自然発生的に、いくつかの「気持ち」は誕生し、自覚されていきます。
嬉しい気持ち。悲しい気持ち。恐い気持ち。楽しい気持ち。眠い気持ち。
 でも、美しいという気持ちは、持って生まれた潜在的な感情として素養はあっても、他の気持ちと違って、大人が外側から殻をつついて割ってやって、目覚めさせてあげる必要があるように感じるのですが、如何でしょうか?
 私達、或る特定のジャンルにおいて「スペシャリスト」を自負する職業に就く者は、それぞれの分野内において、自分の決めた道を極めたいと思うと同時に、自分の選んだ道が、果たして分野以外の人達、世間一般の人達、普通の生活をしている人達、つまりは、世の中に対して、役に立てているのか、一人でも人を幸せにしてあげられているのか、ということをいつも自問自答しますし、し続けなければなりません。
 それは、スペシャリストという仕事にとって、知識や経験や技術や感性よりも優先されるべき、「存在理由」ではないかと思うのです。
 何故自分はこの仕事を選んだのか。
 この仕事は本当に世の中に必要なのか。
 自分はこの仕事で一人でも人を幸せに出来るのか。
 この問いに自分なりの明確な回答を持っていれば、現場でも、日々の生活でも、迷いのない姿勢を保持していけるように思うのです。


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