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 先月お話したミュージカル「ボーイフレンド」の稽古場でのことです。
 前回お話ししたように、ニースの寄宿舎を舞台に、若者の恋、大人の恋が交錯する、軽いタッチのラヴコメディーです。
 冒頭の、賑やかに華やかなオーヴァーチュアに続いて、出演者勢揃いのダンスナンバーとなり、その中で、舞台設定や人物設定が出演者の台詞を借りて提示されます。
 主人公ポリーは厳しい父親のお陰でボーイフレンドがいません。でもカーニバルはもうすぐです。誰もがボーイフレンドにエスコートされてダンスパーティーに出かけるのを楽しみにしています。ボーイフレンドがいなくちゃ、カーニバルにひとりぼっちじゃ、「死んだほうがマシ」とオープニングで歌い上げられます。
ポリーは自分で書いて自分で投函した「彼氏からの手紙」をみんなに見せびらかし、「パリから手紙が来たの!カーニバルに来てくれるの!」と歌い、ダンスの中心になって踊ります。
 歌とダンスナンバーが終わると、校長先生の登場となって、みんな散り散りになり、静寂が戻ります。
 ここから本編が始まる訳ですが、年配の、酸いも甘いも噛み分けたマダムの校長先生が、ポリーの「彼氏からの手紙」がポリー自身の狂言であることをすぐに見抜き、ポリーをたしなめるのではなく、ポリーの身の上や境遇を慮って、慰め、励まし、「真実の恋人」が何時の日か現れることを歌う、最初のスローナンバーがやってきます。
 この、校長先生を演ずる女優が、今回は大変若い女優さんで、どうしても、年配のマダムの余裕、懐の深さが出てきません。
 本番3日前になっても、稽古の最後に、必ず演出の先生から、ダメ出しが出ます。曰く、
「ベテランのマダムのテンポじゃない。テンポが速すぎる。若者のテンポで芝居をしている。テンポを落とせ。」で、テンポを落として芝居をしてみると、「棒みたいに突っ立ってるんじゃない!」
 本番2日前。稽古途中の休憩時間に、その女優さんに声をかけると、途方に暮れた様子で、泣き笑いで近寄ってきて、私と音響オペレータの間に小さくなって座りました。
「どうしよう。私、どうしたらいいかわかんない。」
 そこで、そのシーンに流す波の音の効果音の話をして聞かせました。
「オープニングのオーヴァーチュアが終わって、皆がザーッとハケていく。そしてポリーとマダムの二人になる。静寂が訪れる。そこに、気がつくと波の音が聞こえてるんだ。それは、ニースという土地柄の説明でもあるし、賑々しいオープニングの波が引いて、静寂をお客さんに感じて貰うためでもあるんだ。
 そしてその波は、ポリーとマダムの、二人の間を寄せては返す波でもあるんだな。また、二人それぞれの、若者なり、熟年なりの恋を秘めて、寄せては返す、揺れる女心、の音でもあるんだ。」
 女優さんの目が丸くなります。
「そうなの?そういう意味があったの?」
「そうさ。効果音ってのは、何かを説明する為、なんて目的だけに使われるのは極く一部さ。殆どは、心情を手伝ったり、支えたり、時には盛り上げたりする為に使うんだよ。
だから、波の音を聞きながら、芝居をして、台詞を言ってご覧よ。波の、寄せる、引く、のリズムに呼吸を合わせてご覧。ポリーの恋の打ち明け話を聞きながら、波音に乗って、マダムの、自分の恋に思いを馳せてご覧よ。きっとうまくいくよ。」
 女優さんは嬉しそうに飛び上がるようにピョンッと立ち上がって、「ありがと!練習してくるね!」
 稽古再開。オーヴァーチュアが終わって、気がつくと波の音。そこに残っているポリーとマダム。マダムは、オーヴァーチュアの勢いも引きずらず、ポリーのテンポにも引きずられず、波の音に合わせて、息を吸う、吐く、をやっています。ポリーの若さと一途さと純粋さの勢いに押されずに受け止めて、自分のテンポで教え子を包む、熟年の余裕が感じられます。
 ようやくこれで、波の音が、本来の役割を果たすことが出来るようになり、オペレータが嬉しそうに、
「やりゃあ出来るじゃねぇか。ねぇ石丸さん」
と言いながら、波の活け殺しを始めます。
 それまでは、いくらオペレータが波に芝居をさせても、役者が「聞いちゃいねぇ」と舌打ちし、やる気を無くしていたのが、生き生きしています。
 そのシーンの稽古が取れると演出の先生が、その女優さんに、「やりゃぁ出来るじゃねぇか」と笑って言いました。
 本番前日。ゲネプロ終了後。件の女優さんがこう言いました。
「石丸さん、Sさん(オペレータ)ありがと。私、自分一人でジタバタして、共演者すら見えてなかったんだな、って分かったの。効果音が、スゴイ共演者なんだ、って分かったら、とっても心強くて、包まれてるように安心出来た。本当に有り難う。」
 こういう時の喜びは、何とも言えません。 


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