otowa.gif

 「ボーイフレンド」という、古いミュージカルをやりました。
 フランスのニースを舞台に、若者の恋、大人の恋が繰り広げられる、軽いタッチのラヴコメディです。

 フランスは現在でも、「あの店はクラスの人たちが行く店だから」とか、「あの人はクラスの人だよ」といったように、階級社会が根強く残っている国です。
 同じフランス語でも、同じパリ市民でも、階級によって発音やイントネーションが全然違うのです。
 そんな国の上流社会のお嬢さん達が、社交界にデビューする前に、学校の夏休みなどを利用して、ニース等の超高級別荘地に、会話やマナー、ダンスなどを学ぶための寄宿制サマースクールに入ります。
 その学校が舞台ですから、演ずる俳優が全員日本人である我々には、社会背景も、生活背景も、全然リアリティが持てません。

 台詞の中で、「ほら、うちのパパ、お金持ちでしょ、だからパパが、言い寄ってくる男はみんな財産目当てだから相手にするなっていうの」なんていうのがあると、戦後民主主義の「みんな横並び教育」で育った日本人にしてみれば、「なんだとコノヤロウ」という具合に、主人公に共感するどころではありません。
 恋と家柄の板挟みに苦しむ女の子、の筈が、ただの「ヤな女」になっちゃいます。

 これはフランスに限ったことではなく、ヨーロッパ全体にそういう傾向が見られます。
 どうも、日本の中での「平等な社会」と、外国、それもヨーロッパでの平等とは、少しニュアンスが違うように感じるのですが、それは私だけでしょうか?
 階級の差を認めてしまって、それぞれの階級間の平等を求めて権利を主張しあっているのがヨーロッパでの「平等」のようです。
 それに対してアメリカと日本の場合は、階級の差そのものを撤廃することが平等だ、という認識に立っているように感じます。

 そうすると、ヨーロッパの貴族階級に庇護されて成立し成熟してきたクラシック音楽は、階級社会の賜物、ということになるかもしれません。
 振り返って我が国の音楽や芸能をみれば、庶民から発生した踊りや音楽が徐々に上の階級へと望まれて引っ張り上げられ、例えばそれが田楽踊りから能へと成熟していき、一番上にたどり着いた頃には、庶民の階級からは次の芸能、歌舞伎が発生してきている、というように、下から上がっていきます。
 それはアメリカの黒人音楽がジャズになり、という流れと同じように感じられますが、ならばそこに、ヨーロッパ対日本・アメリカという、階級の在り方からくる芸能の発生・成熟の対比があるかと言えば、我が国を見るとそうではなく、やはり歴史の長さ、我が国の生い立ちを考えると、むしろ我が国はヨーロッパ的であると言えましょう。
 このあたりが我が国の芸能の歴史の世界史との対比で面白いところで、先日友人など「この話で1週間は徹夜で飲めるな」と言っていました。

 三島由紀夫氏の戯曲で「鹿鳴館」という名作がありますが、その中で、影山公爵が夫人に向かって、
「お前は一度も俺に愛をくれなかった 俺は孤独だった」と言うと、夫人は笑って
「愛ですって?貴方は地位も名誉も財産も、すべてを手に入れて、その上、愛だなんて、そんな、貧乏人のオモチャを取り上げるようなことをおっしゃるの?」

 はじめてこの台詞に触れたときはひっくり返りました。戦後民主主義の「愛こそすべて」「愛が最も尊く大切」とインプリンティングされてきた世代の劇作家なんか、逆立ちしたってこんな台詞は書けません。
 戦前の華族の家に生まれ育った三島由紀夫氏ならではの、こちらの胸の奥を抉る力技です。

 思えばほんの一昔前まで、世界中は、一般庶民が、今とは比べ物にならないほど心もとない存在で、今では当たり前の国家の保障を、少しでも勝ち取ろうと必死だった訳です。芸術は長いこと、貴族や王侯によって育てられ、成熟してこれたのです。
 主権を国民が手に入れてから、世界的に見てもまだ100年ちょっとしか経っていません。歴史の本を紐解いて、貴族・豪族・王侯が確立するまでに何百年かかったか調べれば、国民が国家の事業として芸術を庇護し育てる、という余裕が出来るまでに、あと何百年かかるか、分かるのかも知れません。

 ある作家が、「寝食足りて礼節を知る、と言うが、寝食足りて芸術を知る、だな」と書いていらっしゃったのを読んだことがあります。
 一般市民が、「自分たち一人一人の責任と義務と権利で歴史を作って動かしているのだ」という意識を、余裕かまして持てるようになってから、ようやく、一般市民が芸術のパトロンになれるのでしょう。
 でも、パトロンなしに成立できない芸術っていうのも、その存在に疑問を持ってしまうんですよね。人々に喜ばれ、愛され、支持されて、常に淘汰をし続けるのが芸術の習いだとすれば、声高に助成金を求めなければ存続できないものって、支持されていないってこと?それとも、先に述べた通り、市民に主権が移って100年そこそこでは、まだそこまでの底力がついていないってことなのかな・・・

「石丸さん、稽古終わりますよ、続きは飲み屋で」


backnext
OTOWAYA home