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 私がいつもお付き合いしているミュージカルは、必ず音楽が生演奏です。
 ピアノ、バイオリン、コントラバス、チェロ、キーボード、エレキギター、ドラムセット、パーカッションという基本構成で、随時10人ほどのバンドが、バンドピットに入ります。
 これで、24chの卓が埋まってしまいます。
 ワイヤレスマイクを出演者が付けます。大体15〜16ch位使用します。これに、舞台前にバウンダリーマイクが3〜5枚。舞台中のブリッジから吊り下げたガンマイクが5本。これらマイクの為に、32chの卓が必要になります。
 効果音のための卓が必要です。再生機器が5〜6台あるので、小さくても12chの卓を用意します。
 音響ブースには、3台の卓が並びます。
 これがいつもの私の風景です。それぞれの卓に、一人ずつオペレータが付きます。
 ワイヤレス卓のオペレータは、キッカケで出演者のマイクのフェーダ−を上げ、歌をSRする…のではありません。歌を覚え、その出演者の呼吸や発音の癖を覚え、オペレータも一緒に歌う、その歌うという行為がオペレータの場合、オペ操作なのです。
 マイク卓のオペレータは、バンドピットの空間そのものをSRします。楽器の音をただ拾ってただ大きくする、なんてことはさせません。もう、そんなSRは興味がありません。空間を忠実に再現してSRし、その中で演奏者達に、自由に遊んで頂きます。この手法を採ったおかげで、演奏者の信頼を得ることが出来るようになりました。
 更にマイク卓のオペレータは、出演者の動きや振り付けを覚え、そこに必要なバウンダリーマイクと吊りガンマイクをオペ操作します。つまりマイク卓のオペレータは、出演者と一緒に、卓の前で「踊る」のです。
 効果卓のオペレータは、キッカケで効果音を出す…のではありません。虫の音や雷の音、鳥の声など、お芝居の世界の中の音に芝居をさせる、音を通じて自分が芝居をするのです。言わば、幕が上がってから下りるまで、出ずっぱりで芝居をしているのです。
 この3人のオペレータと3台の卓が、私の音の演出イメージを、空間に具現化してくれるのです。
 別に初めから、こういうスタイルを採ろうと思ってした訳ではありません。チーフオペレータが、私の要求を整理して行くうちに、「ダメだこりゃ、もう一人要るな」「ダメだこりゃ、更にもう一人要るな」というふうに、必要から生まれたものです。
 ですからこちらも全然このスタイルに迷いはありません。これでなきゃ私の音響演出が実現できないというのに、機材が多い、人数が多いと言って減らす話はありません。
 人間一人が、集中しきって、出来る仕事には限りがあるということです。それは決して悪いことではありません。あれもやれ、これもやれ、そして一つの事に深く集中しろなんて要求の方がどうかしてます。
 それでは、私の、最大の仕事はなんでしょう。
 そう、それだけの機材の機材費と、それだけの人数のオペレータのギャラを、きっちり主催者から出させることです。それも、不承不承出させるのではなく、ちゃんと理解させ、納得させて出させるのが私の最大の仕事だろうと思っています。それができれば、その公演は、もう成功したも同然です。
 デジタル化の波は音響調整卓にも押し寄せ、その動向を見ながら私も、「卓がデジタル化されることで、今の機材の規模が縮小され、あるいは人数を減らしても、現在のオペの水準を保つことが出来るようになるのだろうか」と思って見て来ましたが、どうやら、今までの3台の卓を、一体化させて、大きめの一台にすることは可能の様ですが、オペレータを減らせるようには、到底ならないようです。
 いや、そもそも、現在の卓のデジタル化は、私個人の独自の観点からは、そういう進化はしていないように感じます。
 このへんがなかなか、いろんな人に話をしても、共通の言語、共通の文法が見つからず、なかなか私の話が理解してもらえずに、(それでも話を聞いてくれた人達は、大丈夫大丈夫判った判った、と言ってくれるのですが、全然わかってない)ずっと脱力感に襲われていたのですが、先日、ある人と話をしていて、私が上記のような話題に触れると、その人が、
「ああ、判る判る、スリーマンズオペレーションでしょ、へぇ、石丸さんスリーマンズオペレーションシステムを採用してるんだ、それも生の舞台公演で、へぇえ、そいつは興味深いねぇ、是非一度、公演に誘ってよ」と言われて、今度はこっちが目をパチクリ。
「すいません、何ですか、それ?」
「へぇ、スリーマンズオペレーション知らないの、知らずに独自で構築したって訳か、これはいい、気に入った、よし、旅費はこっちでもってあげるから、今度そのスタジオへ見学にいこうか、ハリウッドへ」
「は、ハリウッドぉ?」
 嗚呼、私は本当に不勉強な者でした。スリーマンズオペレーションシステムとは、この放送技術をお読みの方ならよく御存じのことでしょう。ハリウッドでの、映画のミックスダウンの作業のことです。
 フルデジタルの、100ch以上もある巨大なコンソールに、3人のオペレータが座ります。ミュージック、エフェクト、ダイアローグ(台詞)担当の3人です。卓は隣の部屋の「叩き出しルーム」と繋がっています。昔はそこに何十台ものテレコが並んでいて、そりゃ壮観な眺めだったそうですが、現在では巨大なハードディスクがうなりを上げているそうです。向こうはユニオンが厳しくて、叩き出しルームには専任のオペレータがいるそうです。
 卓の向こうには、大きなソファセットがあり、プロデューサー、監督らが座り、その向こうにスクリーンがあり、作品が投影され、それにあわせて、3人が同時に、それぞれ、ミュージック、エフェクト、ダイアローグを当てて行くオペを行っていくのだそうです。
 ハリウッドでは当たり前の作業ですが、コストの問題から、邦画界では殆どないそうです。
 本当に、全く私の公演のオペレート環境と同じです。
コストの問題、という点も、今回のエッセイの初めの方でお話した、「私の最大の仕事は、3人分のオペレータのギャラと、それだけの規模の機材費を、主催者に、不承不承出させるのではなく、きちんと納得して出させることだ」と述べたことと符合します。
 また、これにより、「デジタル卓の導入は、それによって省人数化をするものではない。デジタル化はそのためのものではないし、それには不向きである」ということもまた、明らかにされたと思います。
 結局は、人間が、人間と、人間を感動させたり楽しませようとして作るのが映画であり舞台公演です。
最後の最後に求められるのは、オペレータの持っている人間力、そして人間の感性、センスです。
 デジタル化によって、ワイヤレス卓、音楽卓、効果卓が統一され、1台の大きな卓に変身することは可能ですし、そうであって欲しいと思います。
 でも、それが、オペレータの人数を減らせる、ということとは関係がないし、無理矢理絡ませて話をして欲しくありません。そういうものではないということが、今回の話で、お分かり頂けたと思います。
 いやぁそれにしても、「遊びをせむとや生まれけん」とは良く言ったもので、異業種の方との交流が、今、一番楽しく刺激的です。とは言っても、ハリウッドに行く程の長い休暇が、果たして一体いつになったら取れるのかしら。


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