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 或る忘れられない役者さんがいます。

 亡くなられてからもう一年が過ぎました。逝去のニュースが報道された時には日本中がその死を悼みましたが、私は哀しみよりも、得がたい役者が逝ってしまって、もう二度とあのような人は現れないだろうな、という、喪失感の方が大きく、その人を思い出そうとするのを自分の心がいやがる、という一年でした。

 思い出す、という作業をすると、全てが過去になってしまうのが寂しかったからです。

ここでお名前は申し上げません。
とても気持ちのいい芝居をなさる人でした。
そして、大変音にうるさい、音に厳しい方でした。
音が、舞台の上できちんと芝居をすることを要求し、音と共演することを求めてきました。
音響さんがちゃんとそれができると、その人も一段と大きく、颯爽と、凛々しく美しく輝いてくるのですが、音響さんが、「音に芝居をさせる、音を通じて自分が芝居をする」ということが出来ない、分からない人だと、もういけません。メロメロになってしまって、最後は音響さんのところへきて膝詰め談判です。
「○○ちゃんねえ、これじゃ、オレはでけねえよ。」

この人の旅公演についていった時のことです。

 1カ月公演の半ば、私の大切な人が、ある移動日の朝、亡くなったという知らせが届きました。

 大変悲しかったのですが涙も出ませんでした。

交代の効かない巡業中だという緊張感もあったのでしょう。とにかく動揺しないように、ミスや忘れ物や怪我をしないようにと、そればかり繰り返し自分に言い聞かせて、次の目的地へ着き、仕込んで、昼の部の本番を済ませました。

 トチリもせず、やれやれと一安心していると、その役者さんの付き人が来て、「石丸さん、旦那がお呼びですよ。」

 え?なんで?トチッてないぞ、何かやらかしたかな俺?ドキドキしながら楽屋へ行き、

「ごめん下さい、石丸でございます」

暖簾の向こうから「おウ、はいりねえ。」雪駄を脱いで土間を上がると、浴衣姿の旦那の前には、見事な鯛が一尾、刺身で盛られていました。

「この土地の方がな、差し入れて下すったんだ、お前も一杯やれ、まあ座れよ」

ヘイそれではと杯を頂戴して、口に当てたその時、

「お前、今日はいってえ、どうしたい。」

心臓がドクンとしました。

「お前、音が、泣いてたぜ。」

血が凍り付きました。

「今回の巡業は喜劇をやってるんだ。一年の終わりにお客様に喜劇を見てもらって、一時楽しんでいただいて、どうぞ一年の憂さをお晴らし下さい、良い年をお迎え下さい、ってことだ。それをお前、今日みたいな泣いた音じゃ、俺は芝居がでけねえよ。

お前はまだ若いが真面目にやってる、何か訳があるんだろう、かまうこたあねえ、言ってみな」

 ここで初めて、訃報を聞いてからずっとこらえていたものが一気に噴き出してしまいました。

 もう涙も鼻水も涎もグチャグチャにして「実は旦那、これこれこうで…」と話すと、あの人はじーっと黙って聞きながら杯に酒を注ぎます。

聞き終わると「そうかい…いろいろあるよなあ。

これからもあるぜ。いろいろなあ。

俺達は不義理を重ねて、涙をこらえてお客様に笑って頂く、因果なものだよなあ。」

 そのあとはもう、まあ呑みねえ、まあ喰いねえと続いて、頃合いで私が辞そうとすると、

「おゥ、待ちねえ。香典代わりだ、これを持っていきな。今夜の夜の部は、俺からそういっておくから、お前の相方に替わってもらえ。パアーッと気晴らししてきなよ。」

 どすん、と重たい音を立ててパンパンに膨れた札入れが目の前に置かれました。

 何十万と入った札入れに慌てて「あの、これ…」と返そうとするハナを「おゥ、香典に釣りよこす話は聞かねェよ、きれいに使い切ってその札入れだけ明日返してくんな。そいつァ大事な札入れなんだ。」

 後にも先にも、一晩であんな大金を使いきったことはありません。どうやったら朝までにこの金を使いきることができるか、ヒイヒイ言いながら湯水の様に無駄遣いして考えられる限りの豪遊をしました。

 あの人は、音を、大切な共演者として見て下さいました。そういう役者さんが本当に少なくなってしまいました。

「お前、今日はどうしたい。音が、泣いてるぜ。」

この言葉はあの人の声と共に一生忘れません。合掌。

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