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 私が学生だった頃、新聞等で発表された中学・高校生の憧れる高額商品と言えば常にオーディオがベストテンのトップを占領していました。先輩や大人のオーディオの話に胸をときめかせ、店頭の芸術品の様な美しいオーディオ機器に憧れました。自分でも本を読み漁り、やがてオーディオが「広い音の世界」の一部分に過ぎないことを知り、更なる音の世界の奥へと進みます。そこで音響心理学、音響演出、医療音響と出会い、音は空気の振動であり電気の信号ではあるが、同時に音は間違いなくエネルギーでありパッションであり、愛の一つの形であることを目の当たりにします。 

「音によって人が幸せにも不幸にもなる」ことに驚き、その音を操る力を身に付け人を幸せにしたい、人はもっと音によって幸せになれるはずだ、人はこれ以上音によって不幸になってはならない、そう信じて、音を職業にすることを選びます。

 私の仲間はそうやって、番組のディレクターやスタジオエンジニアに、また出演者に、或いは医者になって、世の中に飛び出して行っては、みんな志を同じくして互いに連絡を取り合い、協力しあっています。

 私の世代が恐らく、音に対してそういう強いモチベーションを持ってこの世界に入ってきた最後の世代でしょう。

 この15年の間に、学生の憧れる高額商品はパソコンとファッションに取って代わられ、オーディオは年々順位を落として今ではランキングさえしません。

 これがどういうことかお分かりでしょうか。

 これから先、私達音響の世界に、今までのような強いモチベーションを持って、「音響の世界だからこそ自分は飛び込んできた」というような人材がいなくなるということです。

 「他に就職できなかったし、興味もないけどまあ取りあえず」という人材ばかりが集まる業界が成長するでしょうか?

 この連載でも度々登場する、医者をやっている私の友人との話の中で、「特殊技能を有する職業は、自分の仕事に高い誇りとモチベーションを持てるか、若しくはメチャクチャ給料がいいか、どっちかでないとやってられないし、そのジャンルそのものがポシャる」という話題で盛り上がりましたが、本当にそうだと思います。

 また、世の中がマルチメディア時代と言われ、劇場に来るアマチュア劇団の多くは、パソコンを使って音を作り、CGをリンクさせたデータを持ち込みます。彼らは決まって「私達は音響は素人だから」と言いますが、彼らがやっているようなマルチメディア素材を作成できるプロの音響さんは殆どいません。

 これを以て、「このまま行くと音響というジャンルは不要になる。マルチメディア屋さんがいればいい」という声も出てきています。

 確かに今のままではそうなるでしょう。では、それでいいのかと言えば、絶対にNO!なのです。

 現在よく耳にする音に限定して言えば、やはり演出も思いやりも加味されていない音が圧倒的に多いのです。音を切り刻んだ後の切り屑の様な音です。これに一般聴衆が慣れてしまい、「これでいいじゃん」という風潮が大勢を占めたとしても、それが正しいというわけでは絶対にないのです。いや、そうならないように、今すぐから、「きちんと演出の加えられた音というものはこういうものだ」と提示していかなければなりません。

 音響は、今、そのジャンルの存亡のかかった、物凄い危機の瀬戸際にいる、ということを、お分かり頂けたでしょうか。

 今、音響というジャンルは、将来の、十年先、二十年先を見つめて、今、この時、からその時のために動き出さなければなりません。

 アメリカ先住民族、ネイティヴアメリカン達の古い掟の中に、非常に良い言葉があります。

「土地は、祖先から受け継いだものではない。自分たちのものでもない。未来の子孫からお借りしているものだ。お借りした土地を育て、豊かにして子孫に返すのだ。」

 万事何にでも当てはまる、素晴らしい言葉だと思います。

 まず、音響の外の世界の人と、世の中と、活発にコミットしましょう。私のホームページも本誌編集長の御協力を得て、この連載のバックナンバーをUPしてあります。これを見て下さった音響以外の一般の方々から、音の世界の面白さについての反応がメールで返ってきています。

 すぐそこの未来の危機の為に。今すぐ動き出しましょう。

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