役者に演出をつける時に、音や音楽に助けてもらった、ということが大変多くあります。

 それは作品の中の音の演出、という意味ではなく、役者に役作りをしてもらう時に、こちらのイメージを説明する時のことです。

 女のプロの殺し屋、という人物を主人公に、5分程のサウンドドラマをヴァーチャルサウンドで制作したことがあります。

 女優さんは声優ではなく舞台の人でしたが、ダミーヘッド相手に実際に芝居をしてもらうので、むしろ理想的でした。

 主人公であるリスナーが、数々の殺し屋に襲われるのを、その謎の女が助け、闘い、守って救い出し、敵を全滅させた後で「やっと私の手で殺せるのね」と嬉しそうにリスナーに向かって引き金を引く、という筋立てを基本に、いろんな音の演出を盛り込んだものです。

 プロット、脚本を書き上げた段階でキャスティングをし、女優さんと最初に顔合わせをした時のことです。

 筋立て、キャラクター設定については「とても面白いですね」と言ってもらえたのですが、こんな注文を貰いました。

 この殺し屋の、これまでに生きてきた過去が知りたい。どんな出来事があって、どんな想いを重ねてきたのか。

 この殺し屋が好んで着る服装はどんなものか。

 この殺し屋のイメージの音楽。

 この作品のイメージの音楽。

 収録に使用する音の小道具(ハイヒール、ライター、拳銃)を、今から貸しておいて欲しい。

 これらの申し出は私にとってもわが意を得たり、といったもので、大変嬉しいことでした。

 作品を生み出す時、人は誰でも、ゼロから自分で生み出しているように見えて、その実、風のにおいや月の光、土の暖かさなど、自分が生まれてこの方接してきたあらゆるものがバックボーンとなって、その人の創造に大きな影響を与えています。

 私の場合、それが音になって生まれ出るということで、画家なら絵になる訳です。

 その作品を演出する段になって、出演者にそれを伝えようとするとき、自分はどんな音からこの人物を創造したのか、このシーン展開にどんな音を求めているのか、と、自分で自分を見つめる作業に入ります。

 また今度はそれを出演してくれるキャストに説明するとき、理解してもらいやすい様に、近似値と言いますか、相手に分かりやすい音でこちらの一番近いイメージの音、あるいは音楽に置き換えて説明し、こちらの想いと相手の気持ちがシンクロするようにするのです。

 私が声優ではなく音の作品にも舞台俳優を使うというのは、まさにこの点で、舞台の俳優さんは、このように気持ちから役を組み立てていくことに馴れていてくれるからです。

 もちろん声優さんにもそういう方はいらっしゃるんでしょうが、残念ながら今のところ私が出会ったのは、口先の小技に馴れた声優さんか、あるいは舞台経験のある声優さんでした。

 今回の殺し屋の役をやってくれた女優さんは、私が貸したライターや拳銃を毎日毎晩手に馴染ませながら、私が貸した音楽を、身体に染み付く位に聴き込んで、スタジオ入りしてくれました。

 こちらだって人間ですから、そこまでしてくれれば「よおし、彼女をカッコよく録ってやろう」とファイトが湧いてきます。スタジオは初手からテンションの高い、いい雰囲気で始まりました。

 リハーサルが始まっても、私は最早、演出をつけるなどという作業は必要ありません。あとはただ、彼女を弾けさせ、ノッてくるのを手助けしてやるだけです。

 あるシーンでちょっとNGのテイクが重なった時に、女優さんは「すみません、あの音楽、ちょっと聴かせて下さい」と言ってきました。私がその人物をイメージする曲だと言って渡した、別に作品本編には使われない曲です。

 サブでその曲を聴かせ、女優さんはじっと聴き入っています。みるみる表情が変わっていきます。

 曲が終わって、「有り難うございました、もう一度お願いします」と立ち上がった彼女の顔は、もう既に美しい女殺し屋の顔でした。

 ミキサーさんも俄然ノッてきます。プロデューサーさんも「いいねえ、この人、すごくいいねえ」と身を乗り出してきます。

 出来上がった作品は、彼女の身体から発せられる芝居の熱、雰囲気まで録音されたような、2度と同じものはできない、正に一期一会の、すばらしいものでした。

 白石安紀さん。今月のこのコラムを、私の深い感謝と喜びを込めて、あなたに捧げます。

 本当に有り難う。