秋が深まり、夕焼けが色濃く風が肌寒くなってくると、いつも、あるラジオドラマの制作を懐かしく思い出します。もう12年程も昔のことになりました。

 時代設定は昭和初期、戦前のある大店の遺産相続をめぐっての人間模様を描いた作品で、その中のワンシーン、賑わう大通り、立ち並ぶ商家、ごったがえす人々、カメラは通りを進んでいって、いつしか件の大店、指折りの呉服店の店先へ入っていく、という場面がありました。

 このシーンを音でどうするか、という話し合いの中で、ロケをしよう、ということになりました。

 私はまだ入りたての新人で、打ち合わせの末席で、ディレクターやチーフミキサー達が熱っぽくアイディアをぶつけあうのを興奮しながらただ聴いているだけでしたが、ほんの数十秒の、しかもBGノイズに、ここまでやるものなんだ、ということを、その時骨の髄まで叩き込まれたのです。

 実際に大通りを想定して、数十メートルの直線の道の左右に平屋が並んで、道は舗装されていない土の道、という条件を満たすために、ある大学の保養施設の宿泊棟が選ばれました。

 幅10メートルの土の道を挟んで左右に、長屋のように1階建てのクラブハウスがずらっと並んでいたのです。まさにおあつらえ向きでした。

 打ち合わせ会議までにディレクターは、あちこち足を運んでロケーションをしていたのです。これ、テレビドラマの話じゃありません。ラジオドラマです。

 2泊3日でロケに出掛けました。ディレクターは山のような衣装箱を積み上げています。靴、草履とも男性用、女性用と用意し、衣擦れの音も気になると言って、お客用の衣装と店の奉公人達の衣装も持ち込まれました。

 現地に到着し、1日目は技術スタッフはテクニカルリハーサル、キャスト達はADから台本を渡されて暗記そして演技指導です。ラジオドラマでも台本持ったままなんて許して貰えません。

 いくつもあるお店毎に、お客と店員のやりとりの台本、通りを歩く人物毎に台本、と、台本だけでも何十種類も用意されました。

 人力車の車夫役は、台詞を言いながら車の擬音を出しつつマイクの前を移動します。

 店の丁稚は柄杓で水まきをし、お客が入ってくると挨拶をして奥へ呼ばわり、奥から番頭がいそいそと現れます。が、このお客、相当お金持ちの奥方のようで、丁稚達はお駄賃にありつこうと、まとわり付いています。

 向こうから陸軍の軍人が3〜4人、横柄な態度で歩いて来て、手前から来た馴染みの芸者相手にやに下がり、通行人たちに顰蹙をかっています。軍靴と軍剣のいかめしい音は、役者が実際に身に付けたものです。

 こんな音風景が、ずらっと並んだ店それぞれに繰り広げられるのです。

 そしてそれが、それぞれパート毎に収録される訳ではありません。

 「せーの」で一発本番です。

 風待ち、カラスNGと何度も苦しみながら、テイクを繰り返していくので、キャスト達も、誰か一人でもトチればNGになる、そうはすまいと、テンションはいやがうえにも最高潮に張り詰めます。

 ディレクターのキューに合わせて、各パートがまるでオーケストラのように織り合わされて行きます。

 私は目の前の、まるで映画の撮影所のような情景と、モニターヘッドホンから聞こえる鮮やかなそのドラマの時代の世界に、ただただ圧倒されて、茫然とするばかりでした。

 これは今、撮影をしてるんじゃないんだ、ラジオドラマを収録しているんだ、目の錯覚じゃないんだぞと何度も自分に言い聞かせ、興奮で昂ぶる心と震える手を一生懸命押さえ付けようと無我夢中でした。それだけ私も若く、血気盛んだったのです。

 実際に作品に使用されたのは、ほんの何十秒かだけでした。それを何故ここまでこだわったのか、私はその後の、いろいろな作品作りに携わる中で、はっきりと、明らかな違いに気づいてしまったのです。

 空気感が違うのです。音の肌触りが。

 有り物の素材とブロックごとの別録り、DSP処理とミックスダウンで、短時間ローコストにして同様のものは作れます。

 でもそれは決して「同じ」と言い切ることの出来ない意味での「同様」と同じです。

 ヴァーチャルリアリティがリアルに対し、疑似は所詮疑似で、リアルに取って代わることは出来ない、と言われるのと同じです。

 あれから10年以上が経った現在、私が音のドラマを収録する時も、いわゆる声優専門の役者さんは使いません。必ず舞台を経験している人をお願いして来てもらっています。

 口先の小細工の様な芝居が嫌いなのです。マイクに慣れていなくても、ちょっとコツを教えれば、舞台の人は勘がいいからすぐに掴んでくれます。あとは台詞の演技に加えて、役者の肉体から発せられるテンションをマイクで収録すれば、はっきり言って作品は成功したようなもんです。