芝居をやろう、或いは何か公演を行おう、と思った時、はなから劇場・ホールをつかうものだと、それが当然、当たり前だと思っているフシがありませんか?

 ここに現在の劇場・ホールが直面する問題の解決されない原因がありそうです。今日はその話について。

 演者、音楽家が表現を行う時、その場所において幾つかの選択肢があると思うのです。

例えばストリートパフォーマンス。私は彼らをとても尊敬しています。

 何故なら劇場に来るお客さんは、始めからお金を払うつもりで、そして公演を見たり聴いたりする心構えを付けて来てくれるからです。ところが路上では、まず目を止め、耳に訴え、興味を持たせて足を止めさせようと、その最初の一瞬でお客さんの心をからめ取ることをしなければなりません。これはすごい才能です。

 ただ路上には幾つかの制約があります。

 まず屋根がない。天気に邪魔をされてしまいます。

そして椅子がないからお客さんに立ち見を強いる事になります。また広いスペースが確保出来なければ小道具の使用もままなりません。

 そうやってギリシャの昔から、原始的で初歩的な公演の、必要に迫られて簡易型、移動型の劇場、そして本格的な常設劇場とそれは「進歩」として捉えられています。しかし、劇場が本格化すればそれだけ、制約や不自由が出てくるのも、また進歩の裏返し、世の習いです。

 劇場の進歩とは何でしょう。それは劇場に設備があり、スタッフがいるということです。そしてそれが、劇場の制約でもあるのです。

 劇場に行く以上、勝手なことは出来ません。劇場スタッフと相談をし、より効果的な劇場設備の利用法を模索し、劇場設備、劇場スタッフと「共に」作品を創造する、という気持ちでなければ、劇場を選択してもなんの意味もメリットもありません。

 これが劇場の制約です。そしてそれは先の言葉を用いれば逆もまた真なり、制約が出てくるというのは、進歩なのです。

 つまり、公演を行うと決まったら、スペースの選択を行わなければなりません。候補の中には路上もあります。公園もあります。体育館、港、神社の境内。

 そういう発想が大切です。そしてそれぞれに、公園なら公園なりに、境内なら境内なりに、路上なら路上なりに、制約があります。

 どこでやってもいいし、どこにでも制約がある。

 劇場はそのワンオブゼムでしかないのです。

 そうしてその中から出てくる「もっとこんな事が出来たらなあ」という要望は、劇場に新しい技術や可能性をもたらします。

 19世紀フランスの有名な建築家ガルニエは、ナポレオン3世の為に有名なパリ・オペラ座を設計しました。

 色大理石をふんだんに使い、古典からバロックまでさまざまな建築様式を駆使したこの豪華絢爛なオペラ劇場は、今でこそネオ・バロック様式の傑作と呼ばれ、第2帝政時代の代表的建築物とされていますが、完成当初は、ナポレオン3世皇妃が憤慨し、

「一体このスタイルは何のつもりなの!」

と詰問し、ガルニエは

「ナポレオン3世様式です、皇妃様」

と答えたそうです。

 ガルニエの面白い言葉が残っています。

「本当にすばらしい劇場を作るためには、舞台は横長でなくてはならない。しかし縦長でなくてはならない。客席は丸く、しかし四角で、木造であり、石造りである。客席の床は木だと言われ、絨毯だと言われ、あげくの果てには吸音のために壁の中に雪を詰め  ろと言いだす者まで出る始末だ。」

 いかがですか。私は初めてこの文献を見た時、腹を抱えて大笑いでした。
 どんなに良かれとあれこれ工夫をしても、それぞれの立場や事情で勝手な、無責任で正反対の意見をぶつけられ、板挟みになり、両方から責任転嫁されて、ガルニエだけ悪者にされ、夜中に酔っ払って怒り心頭でこの言葉を髪の毛かきむしりながら書きなぐったに違いありません。目に浮かぶようです。

 現代の事情とガルニエの怒りは変わったところがなく、あいも変わらず同じ状況の繰り返しなのです。

ただそれでも、日本の場合、問題が残るのは、完成したらそれで終わったように思い込んでしまって、次から次へと新たに造ろうとするところです。

オペラ座にしてもスカラ座にしても、常に改良され、改修されて、段々といい劇場になってきたのです。

次から次へと問題を抱えた、設計時点では最新だというだけの劇場を乱発するなら、そのお金で、一度造った劇場に何度も手直しを入れる方があるべき姿でしょう。

劇場は、オープンしてからが全ての始まりなのですから。