私が付き合っているミュージカル劇団は、毎年12月にクリスマス公演としてサンタクロースの作品を上演します。舞台上に20人ものサンタクロースが登場する子供向けの作品で、親子ミュージカルとして大変好評です。そして、毎公演客席の5分の1を、施設や長期入院の小児患者の子供達への無料招待席としています。

 あるマチネ公演のこと。開演5分前のベルが鳴り、楽屋でキャスト、スタッフ揃って気合いを入れた所で、表方(受付)から、我々を愕然とさせる、衝撃的なインフォメーションが飛び込んできました。

 客席最前列、20人が目の見えない子供達だというのです。我々は一瞬、静まり返りました。

 読者の皆様に決して誤解して頂きたくないのは、その時の我々が、困ったなという、潜在的な差別意識にあったという訳では断じてない、ということです。

 では、その一瞬の沈黙は何でしょう。それはやはり、芝居は「見るもの」という日本人の先入観です。ヨーロッパのオペラのように、劇場へ「聴きに行く」という言い回しがされることはまずありません。

 公演を行う側にも、芝居を「見せる」という気持こそあれ、芝居を「聴かせる」というのは、歌舞伎や能などの伝統演劇くらいでしょう。

 そういう潜在意識、先入観の中で、目の見えない子供達を迎えた時の、自分達に一体何が出来るのか、という無力感、今までの自分達の中にあった舞台公演を行うという事の精神的スタンス、足元が崩れて穴が開いたような、不安と無力感が、衝撃となり、愕然とし、一瞬の沈黙となったのだと思います。

 座長は唇を噛んでいましたが、やがて笑顔で

「大丈夫大丈夫、何とかなるさ」と皆を促し、板付きとなりました。

 開演。華やかなオープニングで勢揃いのサンタのダンスに会場は一気に子供達の歓声に包まれます。しかし、やはりというか、最前列の子供達はキョトンとしています。

 やがてダンスが終わり、座長が舞台の上から子供達に挨拶をするシーンです。と、座長が舞台から飛び降り、台詞は通常の「やあみんな元気かな、私がサンタクロースの学校の校長先生だ」と言いながら、最前列の子供達の手を取り、自分の着ているサンタの服に、帽子に、サンタの髭に、触らせ始めました。

 ここで初めて、それまで無表情だった目の見えない子供達がワアッと歓声を上げて、「サンタさんだ!」

「サンタさん!」「わあ、お髭だあ!」と、大喜びで座長に飛び付き、しがみついて行きました。

 不覚にも熱いものがこみあげてしまいました。

 公演には、劇場という「空間」と、芝居という「時間」が交差します。その時間と空間を「感じる」、見るのでも聴くのでもなく感じることで目の見えない子供達と我々が一つになることができた瞬間でした。

 舞台監督が私のとなりで、

「ちくしょう、いいなあ、よし、ラストの雪は客席にも降らせて、あの子達に、触れて感じてもらおう」

と言っています。

 私も音響室へ行き、オペレータの人と相談しました。そして、舞台監督が客席に降らせる紙の雪が、ヒラヒラと落ちて行って、ちょうど子供達の顔や手に届く頃を見計らって、チューブベルのシャラララ…という音を繰り返し出そう、ということにしました。

 これなら公演に支障を来たさないし、他のお客さんに違和感も与えません。音はサンプラーに入っているので、何回でも繰り返し音を出すことが出来ます。

 とにかく、何かしたかったのです。あの子達に。

 そして、舞台を「感じる」という事に、音として、何か出来ることがあるという、音の「力」を信じたかったのかもしれません。

 ラスト。舞台一面の雪。と、客席にも雪が降り始めます。客席はウワア、と声とも溜め息ともつかないざわめきが上がります。しかし最前列の子供達は何が起きているのか分かりません。紙の雪がチラチラ、ゆっくりと舞い落ちて、最初の雪が、子供達の顔に、触れる、触れる、もうすぐ、もうすぐ、さあ、触れるぞ、

「シャラララララ…」

「雪だあっ!」「雪!雪だよ!」

 大歓声とともに、もう座席から跳びはねての大騒ぎになりました。両手を高く差し上げ、足を踏み鳴らし、その場をグルグル回り出します。アドリブで出演者がみんな客席に降り、クライマックスのシーンは文字通り熱狂の渦です。気がつくと私はオペレータ氏とガッチリ握手をしていました。

 本当に涙がこぼれたのは終演後です。最前列の子供達が帰り際、ロビーで

「雪が降ったね、シャラララって降ったね、」

と言っていたのです。この日、目の見えないあの子達の心の中には、雪はシャララと音を立てて降ったのです。信ずることに報われた思いがしました。

 映像を扱う人が目の見えない人を前にした時、音を扱う人が耳の聞こえない人を前にした時、ただ無力感に立ち尽くすだけではいたくありません。

 何かしたい。何か出来る筈だ。その時初めて、人と人、という向き合い方が出来る気がしました。


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