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 大道芸を目にする機会が、随分増えました。

東京都では、ヘブンアーティストという制度を設けて、審査をパスした大道芸人にパスを発行し、このパスを持っている人は、上野公園や都営地下鉄のコンコースなど、都の敷地内でのパフォーマンスが自由になります。
とてもいい制度だと思います。音楽の演奏や軽業、パントマイムやダンスなどの路上パフォーマンスを、母子連れが手をたたいて見物している光景はいいものです。

反対意見としては、なんでアートを行政が審査するんだ、とか、審査の基準や審査員の顔ぶれが納得いかない、などという声もあるようですが、審査にパスしてみせるのも芸のうち、というものです。審査員に名を連ねている芸人の方々はいずれもベテランですし、審査員も納得させられないで往来で人々の足を止めて拍手がいただける訳がありません。一般素人をナメちゃいけません。

十数年前は玉石混合で怪しい如何わしいイメージだった大道芸、ストリートパフォーマンスが、現在はずいぶんとイメージが変わりました。水準が高い、本当に感心してしまうストリートパフォーマンスが沢山見られるようになりました。
ただ、困りものなのが、路上で歌やダンスを披露している若者達です。
彼らは審査を受けていません。
一生懸命歌ったり踊ったりしていますが、残念ながら人の目に晒してよい水準に達していません。

彼らは人を楽しませるためにしているのではなく、自分が楽しむため、自己満足、自己陶酔のためにしています。
自分たちが一生懸命やれば人は必ず感動してくれると信じ込んでいるから始末に負えません。そんな義務は通行人にはありません。自分たちよりも通行人のサラリーマンの方がよっぽど目も耳も肥えている、というところからスタートし直した方がいいと思います。

現在世の中に蔓延している、一生懸命が美しいという病気は、ストリートにも伝染しています。
一生懸命なんて当たり前です。誰もが一生懸命で、そこをデフォルトとして、結果の優劣を判断される場が路上であり舞台の上、ステージの上なのですから。
それはそれで放っておけばいいのですが、そういう訳にもいかないのが、彼らが発する大音量という騒音と、近くの電気をこっそり勝手に引いてきてしまう、いわゆる「盗電」です。

盗電の問題は既に犯罪の領域なのでここではこれ以上触れませんが、大音量の問題は、これはこのままにしておくといずれ、何らかの形で規制がかかってしまうのではないか、そうなることできちんとやっている人たちや本当に上手な人たちにまで迷惑がかかってしまうのではないかということを危惧します。

ストリートパフォーマンス、というと、私はある一つの光景を思い出します。
1990年の冬。私はモスクワを訪れていました。
ソビエト末期のモスクワ。赤の広場にほど近い地下鉄の地下通路で、初老の細身の男性が、バイオリンを弾いていました。
音色からも、弾く姿からも、すぐにそれと分かる、本職の、オーケストラのバイオリニストでした。
所属しているオーケストラがつぶれたか、もしくはリストラで年老いた者から解雇されたか。社会主義でありながらソビエト末期には、そのようなことがオーケストラやバレエ団で起きていたのです。
外は零下25度。地下鉄の地下通路はそれほどでもないにせよ、冷凍庫のような寒さの中で、よく指が動くものです。その男性は目をつぶり、胸を張り、誇りと威厳を持って、チャイコフスキーのバイオリンコンチェルトを弾いていました。
足元の帽子にお金が入っていなかったら、彼がストリートパフォーマンスをしているとは到底思えませんでした。
どんな境遇でどこで弾こうとも、誇りと威厳と弾く喜びは忘れないのだ。
彼の演奏はそうつぶやいていました。

足元の帽子には、ルーブルに混じって多くのドル紙幣が混じっていました。社会主義のソビエトで、ルーブルが紙くずと言われ、西側敵国の通貨であるドルの闇市場が現れ、ドルを持つ外国人と一部の特権階級だけが暖かい部屋で暖かい食事ができた、そんな時代でした。そんな時代を象徴するかのような帽子を足元に、胸を張って目を閉じてチャイコフスキーを弾く老バイオリニスト。
私もそっとドル紙幣を一枚、帽子に入れました。
私のような若僧が、ドル紙幣を入れるのが申し訳ないような、何だか恥ずかしいような後ろめたいような気持ちで入れました。

今、街中で若者が声を張り上げ音楽とは呼べない騒音で悦に入っているのを見ると、モスクワの老バイオリニストを思い出し、複雑な気持ちになります。
大道芸、ストリートパフォーマンスは、本来、ステージに上がるよりもずっと、一瞬で通行人の足を止められる腕前、人前に自分をさらす勇気と覚悟、そして、何よりもお客様を楽しませたいという、想いというものがいるものだと思うのですが。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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