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 オペラ「魔笛」のお話の続きです。

ずっと長年にわたってお付き合いさせていただいている指揮者のM氏は、決して奇をてらう方ではなく、 先月号でもお話しした通り、作品やその作曲家に対してとても敬意を払う方です。そして作曲者の意図に忠実であろうとなさいます。
とりわけモーツァルトとプッチーニに対しては、格別の思い入れがあるようです。

そのM氏が、オペラの公演に効果音を多用する姿勢は、歌い手の側からすると、どうも不思議に感じるようです。
M氏の方は全くそんなつもりはなく、それが指揮者として、作品と作曲家の解釈から必然的に生まれてきたものだと思っています。

例えば、雷の音にしても、入れるタイミングは絶対に人任せにはしません。数ヶ月に渡ってスコアと取っ組み合った結果、「ここは雷が鳴って欲しい、作曲者もそう思う筈だ」という箇所を読み取るのです。
同じように、M氏の中では、「ここで鳴ってはいけない」という箇所も同時に読み取っているのです。
その結果として、数十発の雷が鳴る「魔笛」のようなオペラもあれば、たった2〜3発しか効果音が使用されないオペラも出てきます。それはM氏が闇雲に効果音を使いたいからではなく、作品と作曲者に忠実に向き合った必然の結果だという証拠です。

ですから雷それぞれの音も、鳴らす場所によって、「この雷を2度上げて」とか「この雷は1度下げて」といった、ピッチを変える注文が来ます。
M氏はこれについて、「効果音も、楽器の音色の一つ」と断じます。効果音を作り、鳴らす音響さんに対し、演奏者であることを求めるのです。

音響さんが、オペレートというものを、単に機械を操作することだと思っていては決してM氏のオペラは出来ません。効果音を出すことが、単に音素材をスピーカから再生することだと思っていてはいつまでたってもM氏のOKは出ません。効果音を出すことを「ポン出し」と言っているような音響さんは一日でクビです。ポンと出して済むような効果音など一つもないからです。
雷という音色を演奏する、風という楽器を吹く、自分が海になって波音という音色を奏でる、音響さんが演奏者になって初めて、効果音とオケと歌声が一体となり、オペラの音となれるのです。

よく、モーツァルトの名前を出して「モーツァルトが現代に生まれていたら、きっと喜んで電子楽器を使い、効果音を多用したろう」という話がされます。M氏もそれは同様に思っていますし、バーンスタインもそうおっしゃっています。
しかし、だからと言って無秩序に現代風にしてしまっていいという訳ではない、というのがM氏の考えです。だからこそ厳しく効果音の音色を吟味し、個々のタイミングに於いて効果音を入れるか入れないかの取捨選択を厳しく吟味します。
そのプロセスを経た結果としての数十発の雷鳴なのであって、結果だけ見てM氏が派手好きで奇をてらったように受け止めるのは、正鵠を射ていません。

もう一つ、M氏が効果音を多用する理由があります。
先月もお話ししたように、「入場料3000円で親子コンサートを10年続ける。そうすると、スタートした時に親に連れて来られた子供達が、10年後には大人になって自分のお金で来てくれるようになる。そうなってはじめて、オペラが根付いたと言えるんだ。」と、折にふれM氏は言います。
その、オペラの普及のために、オペラに慣れていないお客様にも楽しんでいただけるよう、効果音を使用して盛り上げる、という目的もあるということです。

プッチーニが活躍していた時代、世の中には新しい表現メディアである、映画というものが登場してきました。当時の世の人々は、「これからは映画の時代だ。みんな映画館へ行くようになり、劇場へは行かなくなるだろう。オペラはもう終わりだ。」と言っていたそうです。
プッチーニは映画の登場に危機感と焦りを感じたそうです。そして、「西部の娘」のような作品では、映画の劇伴音楽のような曲を書き、笛吹きヤカンや銃声などの効果音をスコアの中で指定するなど、映画を相当に意識した曲作りになっています。

M氏もまた、テレビや映画で派手な演出に慣れてしまったお客様に、オペラでワクワクハラハラドキドキを味わってもらうには、照明と音響の力が必要だ、と考えています。そうして得られるワクワクドキドキは、きっと初演時の、作曲者が生きていた時代のお客様が味わったワクワクドキドキに通じるものだと願っているのです。

19世紀のオペラ劇場を見ると、当時の技術で出来る限りの工夫を凝らしてオペラに特殊効果を用い、お客様を楽しませようとした痕跡が見て取れます。

M氏は、21世紀にオペラを指揮する者として、21世紀の技術を用いて出来るだけお客様を楽しませようとします。それは、オペラ本来の上演姿勢であり、決して昔と同じスタイルで上演することが正統という訳ではないということです。
そこに音響として出来ることがあるのであれば、出来る限りのことをしていきたいと、私は思っています。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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