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 この頃、録音・放送・映画・舞台・ツアーPAなど、どんなジャンルの方々とお話ししていても共通して出てくる話題があります。
「楽器の生音を知らない音響技術者が増えて来た」というのです。
確かに、そう言われて私の回りを見渡してみると、そう頷かざるをえない状況かもしれません。

楽器を自分で演奏したことがない。楽器が演奏されているところに居合わせたり通り過ぎたりすることはあっても、じっくりと聴いたことがない。
生演奏をじっくり聴きたいとも思わないし演奏されている様子や演奏の仕方を見ようともしない。

とあるベテランの音響さんがそういった若手に尋ねたんだそうです。「なんで聴かないの?」
帰って来た返事が「いやぁ、そこまで音楽好きじゃないんで。」
そのベテランの音響さんはそれを聞いて愕然としたそうです。が、更に愕然としたのは、それが4人5人の話ではなかった、ということなんだそうです。

つまり、そういう時代そういう世代なのか、と、その方は嘆いているわけです。
そのベテランの音響さんは、音楽が中心の仕事をしていらっしゃるので、「だったら何でこの仕事を選んだんだ」と憤懣やるかたない様子でしたが、私はその話を聞いて、そういう、生の楽器の音を知らない、音楽にさほど興味を持つことが出来ない世代の出現の、背景にあるものがとても気になりますし気がかりです。
昔に比べて今は楽器は豊富に出回っています。楽器に触れる機会も多くなりました。コンサートだって、クラシック、ロック、ジャンルを問わず昔とは比べ物にならないくらい数多く行なわれています。

教育の現場においても、音楽に触れ楽器に触れる機会は、昔よりもずっと増えている訳です。
にもかかわらず、何故、このような、昔よりも生の楽器の音を知らない人が増え、音楽がさほど好きではない人が増えてしまったのでしょう。この数十年間の各方面での努力が、実らないどころか逆の結果になってしまっています。

当然のことながら、他の要因があってこのような現状になっているのだと思います。が、現時点で私は、全てを調べている訳ではありませんので、断定的にこうだと申し上げることは出来ません。私の周辺の様子から、「こういう原因も考えられるのではないか」ということだけです。

考えられることの一つには、ループ音源、打ち込み音楽ばかりが蔓延して来たということがあるでしょう。
また別の理由として、今のミュージックシーンが魅力あるものとして受け取られなくなって来た現れかもしれない、ということも考えられるかもしれません。

教育現場での音楽の扱われ方が、音楽の楽しさ、美しさを教えられていないのかもしれない、という推測も立ちます。
しかし、どれをとっても、決定打となり得ない、弱い動機です。あるいはこれらの複合が今の現状なのかもしれません。

私が所属する日本音響家協会では数年前から、こうした現状に対して、現場の音響さんが実際に生の楽器に触れて体験出来る「楽器を知ろう」というセミナーを毎年開催しています。

今までにピアノ、バイオリン、ドラムを採り上げて来ました。
バイオリンでは、沢山のバイオリンを用意し、実際にバイオリンを肩に乗せて弓を引いて、楽器の共鳴が鎖骨を通じて自分の肉体に伝わっているのをみんなで体感しました。

自分の肉体が共鳴している、自分の身体もまた楽器の一部となって鳴っている。鎖骨から伝わった共鳴は肋骨を鳴らしてバイオリンの音は演奏者の胸からも放射されます。なるほど、だからバイオリンは胸を張って弾かなければならないのか、バイオリンという楽器は演奏者の体型によって同じ楽器でも全く音色が変わるのだということを身体で感じました。

ドラムでは、講師のドラマーが、「タムを叩けばスネアが共鳴してジリジリ鳴る。これを雑音という音響さんもいるが、演奏している側からすれば、各パーツが共鳴している雑音も含めて全体で一つのドラムの音色なのだ」という名言をおっしゃいました。この言葉は、ループ音源ばかりで作られた音楽しか知らない若者にとっては、脳天をハンマーで殴られたような衝撃だったそうです。

何より、生の楽器の音を体験するときは、音を耳で「聴く」だけでなく、音を身体で「浴びる」ことになります。全身で浴びる楽器の音を、彼らはどう感じ、これからどう変わってくれるでしょうか。

楽器の音を浴びた時、楽器から発せられるものは音だけでなく、エネルギーなんだということに気づいて欲しいと思います。そのエネルギーが合わさって音楽というエネルギーの塊になるんだ、音楽の一番素晴らしいのは実はそこなんだ、ということを、一人でも多くの若い音響さんに知って欲しいと思います。

そうすれば、自分が今握っているフェーダーで、一番伝えなければならないもの、一番届けなければならないもの、一番忘れては行けないものは何なのかということも、きっと気づいてくれると思うのです。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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