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 私の祖父は石丸泰郎といいます。戦前、戦中、戦後間もなくの頃、当時日本では数少ない、パイプオルガンの演奏者でした。同時に聖歌隊の指揮者であり、賛美歌の作曲者でもありました。

戦争中に、軍歌を教えろという命令を頑なに拒んだ結果、特高に捕まって投獄され、終戦後は全国の教会のパイプオルガンを演奏して回って、それを毎週ラジオで放送し、音大の教壇にも立っていたそうですが、投獄時に身体を痛めたのが原因で、早くに亡くなりました。ですから私は祖父の顔を知りません。

学生の頃、私は祖父のとった行動を、キリスト教徒としての、戦争反対の立場から取ったものだと思っていました。
しかしその後、祖父のお弟子さん達で音大の教授となり祖父の跡を継いだ方々から、意外な話を伺いました。
祖父はもちろんキリスト教徒の立場から戦争は反対ではあったそうですが、特高に連行されるまでに頑なに軍歌を教えるのを拒んだのは、主たる理由は他にあった、というのです。

祖父がお弟子さん達に遺した言葉は、

「音楽は、ただ美しい。それだけだ。

だからこそ尊いのだ。」

ただピュアに美を求める。そこに思想は不要だということです。
私はそれが、アーティスト、芸術家とは何か、という答えなのだろうと思います。

純粋に、美を、美しいという事を尊び、追い求める。そのためなら、名声も金も命も惜しまなかった人を、アーティスト、芸術家と呼ぶ事が出来るのでしょう。
芸術に、思想や、メッセージや、テーマを盛り込むのは、その時点で、芸術の美というものを、おのれの伝えたいものの伝播に利用しようとしている、利己的な行為、ということになります。
その点では、軍歌はもちろんそうですが、平和を求め、戦争反対を訴える反戦歌も、音楽という美の力を使っておのれのメッセージをより効果的に伝播しようという利己的な行為であるという意味では、軍歌と同じ穴のムジナなのです。
思想やメッセージやテーマは、芸術ではありません。
それらを否定はしませんが、それらを行う者を芸術家、アーティストと呼ぶのは違う、ということです。

そしてまた、人間は、音楽や美術などを利用してあからさまに平和を訴えなくとも、ただ美しいものに触れると、自然と優しい心、美しい心になる、と思います。その点については、私は人間というものを信じていますし、そう捨てたものではないと思っております。

これを考える時、以前、NHKの番組で拝見したのですが、「クリスマスの奇跡」という出来事を思い出します。
NHKの番組で、20世紀の戦争の記録の中の、第1次大戦の時のエピソードです。
クリスマスの夜、ドイツ軍とフランス軍が睨み合っている最前線。片方の軍の塹壕の中で、クリスマスのために取っておいた配給の食料を兵士達が持ち寄り、ささやかにクリスマスを祝っていました。
そのうち誰からともなく、「聖しこの夜」が歌われ始め、小さな声で合唱が始まります。
すると、敵軍から、やはり小さな声で、敵の国の言葉で「聖しこの夜」が聴こえて来ました。

それに気づいた両軍の兵士達は、恐る恐る塹壕から顔を出し、銃の代わりにろうそくや缶詰めやパンを持ち、森から切って来た小さなもみの木をかざして、歌いながら互いに近づいて行きます。
そして両軍はそれぞれの言語で歌いながら握手をし、抱き合い、食料を交換し、家族の写真を見せ合いながらクリスマスを共に祝いました。
私はこの放送を見て涙が止まりませんでした。
その美しい光景と、彼らが翌日にはまた敵味方に分かれて殺し合うことの馬鹿馬鹿しさ、人の心の美しさと戦争の愚かさが胸を突き上げてくる、素晴らしい番組だったと思います。

ところで「聖しこの夜」は反戦歌でしょうか?違います。そんな必要もないのです。先に述べたように、人は美しいものに触れると、美しい心、平和を愛する心になるのです。
芸術に思想やメッセージを持ち込んだり、ましてや芸術を利用して人々を啓蒙しようなどというのは、おこがましいというものです。それをしたければ別にかまいませんが、その人達は「芸術家」ではなく、「芸術屋さん」あるいは「芸術使い」とでも呼ぶのが宜しかろうと思います。人間をそんなにバカにするものでもないと思います。

カナダの有名な詩人、レナード・コーエンの詩に、こんな一節があります。

I came so far for beauty

I left so much behind

美は芸術家が生み出すのではなく神様の御技です。芸術家は神様がその御技を行う時に器として選ばれる瞬間を一生かけて追い求め、その選ばれた瞬間に無上の歓喜を憶える、そのためなら金も地位も名声もいらない、そんな人たちのことです。

私はここが、人間の、他の動物とは違う、人間の人間足り得る素晴らしいところだと思うのです。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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