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 先月からの続きで、音が上から聴こえると感じる仕組み、そしてそれを利用した音の上方定位のお話です。

音が上から聴こえてくると感じさせる立体音響演出は、70年代から盛んに実験が行われてきた事なので諸先輩方はご存知のことと思います。
それらの実験の多くは、上にスピーカを設置して、上から実際に音を出すやり方で、劇場空間においても、天井にスピーカを設置している劇場はあります。これはマルチチャンネルのカテゴリーに入ると言えましょう。

このやり方は、どこへいっても天井にスピーカが設置されている訳ではないという問題があり、また、天井スピーカをリファレンスにするには、設備投資を強要してしまう事になるので困難だという問題があります。「スターウォーズ エピソード1 ファントム・メナス」に於いて、天井にスピーカを設置する新しいサラウンド規格が提案された事がありましたが、全世界の上映館全てにそれを強要することは無理があり、結局、比較的改修しやすい方法として、客席後部のセンターにスピーカを増設する事で、位相操作と音質調整によって、音が上から聴こえてくるかのような「錯覚」を起こさせる、という方法、ここに帰結する訳です。
人が音を上から聴こえてくると感じるのは、耳たぶが大きな役割を果たしています。

耳たぶには「ひだ」があります。このひだが、自分の周囲の各方面の音を受け止め、反射させて耳の奥の鼓膜へ音を届けます。
上からの音に関しては、耳たぶの下部についているひだが、上からの音を反射させて鼓膜へ音を送る役目を果たしています。
ですからこの下部のひだを、埋めてしまったり切除してしまったりすると、その人は上からの音を上から聴こえてくると認知しにくくなると言われています。

耳たぶは、人間がまだ猿人だったころからのもので、危険を察知したり獲物を追うために集音するパラボラです。進化の過程で、(進化と退化は同義語ですが)文明が発達したために耳たぶの必要性が薄れ、耳たぶは、足の小指や体毛や尾てい骨などと共に、いつかは消えて行くと言われています。
ですから、音の方向性に対する感性は、進化と言う名の退化が進むにつれて、鈍くなって行くだろう、というのは、誠に残念な話ですが、でもそれは、数万年も先の話です。

話を本題に戻しましょう。音は空気の振動ですから、上からの音は、空気の振動として上から降ってきます。私たちはその音を、空気の振動として頭や体で感じます。ですから音が上から聴こえると感じるのは、耳で音として聴くだけではなく、空気の振動そして頭や肩や首などで皮膚に感じていますから、音の上方定位は上部にスピーカを設置できるにこした事はありません。 
それに近い疑似感覚を、サラウンドや2chヴァーチャルで得ようとする場合、先ほどの耳たぶの話が役に立つのです。

上からの音が耳たぶの下のひだに当たって反射して鼓膜に届くのと同時に、上からの音が回り込んで横から耳に直接入って鼓膜に届き、この二つの音が位相干渉を起こして音質が変化します。この音質変化を連続的に変化させることで、音が上から聴こえるという疑似感覚を感じてもらうということです。
この試みに関しましては、1991年から2000年まで、2chヴァーチャルサウンドにて随分とコンテンツ制作に関わってきました。サラウンドプロセッサとバイノーラルマイクロホンを組み合わせる事で、よりリアルな効果を得る事が出来ました。

その際に得られたデータですが、音源を上方の1点に設定すると、聴いた感じでは、自分の周りを音が取り巻いているような印象を受けます。
これを、自分の顔の幅、つまり両方の耳たぶの幅の上方の左右2点にモノラル音源2つを設定すると、とたんに音は上方にあると感じられるようになります。
これは、先に述べた耳たぶの働きによるものと思われます。両耳効果は、上方の定位・移動感にも大きな関わりがあると言える結果です。

耳たぶは、ひだの形が人それぞれ違いますので、上方にスピーカを設置しないやり方、二次元配列スピーカでの疑似上方定位/移動におきましては、得られる効果に個人差があります。個人差が大きいのも特徴です。農耕民族であるアジア人は、耳たぶが立っていて前方の音を良く聴くように出来ていて後方の音に関しては鈍感です。狩猟民族である欧米人の耳たぶは寝ている人が多く、前方から後方までまんべんなく定位感を得られます。

個人差が激しいものを、多くの方にほぼ同じように定位/移動感を感じてもらうようにするには、多くのデータの収集が必要です。サンプルが多いほど近似値は大きく出来ます。ヨーロッパ製のダミーヘッドマイクで前方移動をモニターすると目の前で音は上へ上がってしまいますが、ダミーヘッドの鼻と頬骨を日本人に合わせて丸く削り取ると、音はきれいに前方移動します。

これからも、出来る限り沢山のモニタリングを行ってデータを収集し、より多くの人々に同じ効果をご提供出来るよう、実験活動を続けて行きたいと思っています。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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