otowa.gif

 今から25年以上になりますが、まだアナログの時代に、サウンドドラマで、滝の音をどうやったら上下の音の定位が出来るだろうか、と、仲間と考えていたことがありました。

滝は上から下へ、どうどうと流れ落ちます。
その上下感、音が上から聴こえてくる定位感、音が上から下へ動く上下の音の移動感、これはどうしたら得られるのだろうと、手探りで試行錯誤をしていました。

私たちの脚本の先生、西沢実先生は、まだステレオのない時代に、「NHKラジオ第1を左側に、NHKラジオ第2を右側においてお聴きください」として、ステレオでラジオドラマを作られた方でした。
そうして制作された「架空実況放送 関ヶ原」や、「架空実況放送 東京オリンッピック」という名作は、このエッセイの読者の方々もご存知のことと思います。

私たちはその発想とチャレンジ精神に大いに触発され、モノラルやステレオといった枠にとらわれずに、音響演出効果を模索しようと切磋琢磨していました。
先に述べた滝の音も、アナログの、サラウンドのサの字もない時代に、上のLR、下のLRと、前方に上下4つのスピーカを設置して、なんとか滝の音を上下感や高さを感じられるような表現、再生方法はないものかと、みんなで苦労を重ねたことを懐かしく思い出します。
その頃から、音の、上下感の感じ方、表現の仕方は、私の幾つかある研究テーマの一つとなって今日まで来ました。

私の現在の主たるフィールドである劇場空間は、いたるところにスピーカが設置されており、上から音を聴かせるということも簡単に出来ます。
客席の壁には、1階席に12個、2階席にも12個で合わせて24個のウォールスピーカがあり、天井にも12個のウォールスピーカと同じスピーカが設置されています。天井には更に、プロセニアムスピーカと同じスピーカが一つ設置されていて、天の声、神様の声、稲妻の音などによく使用しています。

このように劇場空間は、アナログの時代からマルチチャンネルであり、電気のない江戸時代から空間音響演出を行ってきた、つまり舞台音響とはその本質そのものが立体音響である、ということは、このエッセイでも度々お話ししてきたことです。

上にあるスピーカから音を出せば人は音を上から聴こえてくると感じるのは当たり前のことです。
そのため、「人が音を上から聴こえると感じるのは、どういうメカニズムなのか」ということに関しては、劇場音響ではあまり関心が持たれてこなかったのです。
ですが、サラウンドが普及し、空間表現が音響演出の新しい可能性として注目されてくるようになると、人が音を上から聴こえてくると感じるメカニズムを知ろう、という関心を持つ人も増えてきたのは、私にとっては嬉しいことです。
そうすることで、天井にスピーカが設置されていないホールでも、音が上から聴こえると感じられる音響演出が出来る可能性が出てきます。

また、空間演出という点においても、単に天井についているスピーカから音を出しました、という音と、空の高さ、空の広さをシミュレーションした空間再生とでは、同じ音素材でも聴こえ方はまるっきり違ってきます。
最近のサラウンドの規格は、ドルビープロロジック?zのように、上部に2つのスピーカを配するなど、多チャンネル化の方向にあります。
今までマルチチャンネルだった劇場音響からすると、サラウンドは、「少ないスピーカの数で空間演出を行える」ということで魅力のあるものだったので、そのサラウンドが多チャンネル化してしまうと、劇場音響としては魅力が半減してしまいます。

ただその一方、両者の距離が縮まることで、共通の演出方法を共有出来るようになるのではないかという期待もあります。
かつて、20年ほど前になりますが、ヴァーチャルサウンドの8チャンネルマルチで、音が上から聴こえる表現の実験を試みていた事がありましたが、上部1カ所を音源としてシミュレーションを行うと、音は自分の上ではなく自分の周囲をグルリと取り囲んだような聴こえ方をしました。そこで、耳の幅の延長線上に間隔を開いて2カ所に音源を設置すると、音は上から聴こえるようになりました。
先にご紹介したドルビーのドルビープロロジック?zも、上部の左右に2カ所のスピーカの設置を規定しています。これを聞いた時、かつての自分たちの実験を思い出してとても納得したものでした。

これは、人が音を上から聴こえると感じるに際して、耳の位置、特に耳たぶの存在が大きく関係しているのだろうと当時考えて、耳鼻科の先生のところへ通っては耳たぶの仕組みや役割についていろいろと教えていただいたりもしました。
耳たぶというのは、音の仕事に従事している私たちにとって、予想以上に多くの仕事をしてくれている、とても大切なパートナーであり、耳たぶを味方に付ければ、音響演出や空間表現に大きく寄与をしてくれるのですが、誌面が尽きました。

このお話、次号に続きます。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


backnext
OTOWAYA home