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 久しぶりに小劇場の公演の音響を頼まれました。

日頃は大きな劇場でばかり仕事をしている私ですが、小劇場も好きで、昔はよく頼まれて出かけていったものです。

今回、久しぶりに下北沢に降り立つと、昔に比べてなんだか、賑わってはいるのですが、街のパワーが落ちているように感じたのは、時代のせいでしょうか、それとも景気のせいでしょうか。
それとも単に私が年を食ってしまっただけでしょうか。

私が入り浸っていた頃の、25年くらい前の下北沢は、もっとこう、鍋の中のカレーが沸騰してボコボコと大きな泡が泡立っている、そんな熱気と勢いがあったように思うのですが。
同じような思いは、渋谷を歩いていても原宿を通っても感じます。
何だか、綺麗に型にはめよう、型にはまろうという感じがします。30年くらい前の渋谷や原宿は、型を破って外へ向かって爆発しようとしていたのですが。
見る影もなくなってしまった渋谷や原宿に対して、下北沢は今なお若者の街と呼ばれてはいますが、今のあの下北沢という街は、情熱と勢いが内側に向いているような、そんな空気を感じます。

それはさておき、小劇場について、ある人が、「小劇場という空間でしか表現できないものがある」とおっしゃいましたが、全くその通りだと思います。
お客様と俳優が、息づかいが感じられるほどの距離であるということで伝えられる世界観は、大きな劇場には無いものです。
それは同時に、スピーカもお客様の至近距離にあるということで、音楽や効果音の出し方、アプローチの仕方が、大きな劇場とは全く違ってきます。

作品世界の空間イメージを明確に持つ、という点では、大きな劇場も小さな劇場も同じであり、目指す方向性は同じです。ただ、劇場の大きさに合わせて、アプローチの仕方が違ってくる、という意味です。

効果音は、例えば虫の声でしたら、「はい虫の効果音をスピーカから出してます」みたいな、キッカケで空間にペタペタと音をコピペで貼り付けるような、そんな音の出し方をしている音響さん、そんな公演を時々見かけます。そういうのは、音を「出す」ことでイッパイイッパイで、音を「聴かせる」ところまで気が回っていないのです。
こういうことは口ではなかなか説明しづらいもので、実際に現場で聴いてもらうと判ってもらえます。

はじめに「虫の効果音をスピーカから出してます」というデモをすると、「いいんじゃない?これで何がいけないの?」という顔をされます。もう、多くの人がこういう音に慣れてしまっているのです。
それでは次に、同じ音素材でこれを聴いて下さい、と「作品世界の中で虫が鳴いている」というデモを聴いてもらうと、そこで初めて「おお!全然違う!こっちの方が断然いい。何で?何が違うの?」
と驚かれます。

別に技術的には大したことはしていないのです。
空間を意識しているかどうか、作品世界の空間をきちんとイメージ出来ているかどうか、の差なのです。

私の師匠は昔、私に向かってこう言いました。
「劇場には壁があり天井がある。でも幕が開けば、壁や天井がスーッと消えて行って、作品世界の空間になっていく。壁や天井を意識させない音空間を創るんだ。作品世界の空間は無限だからね。」
これが、私の音のイメージ創りの原点であり、永久に追い求めて行くテーマであります。

この、イメージを具現化するアプローチですが、大きな劇場よりも小さな劇場の方が、シビアになると言えましょう。
虫の声や鳥の声、電話の音、塀の向こうを走って行く自転車や子供たち、こういった音が「等身大」で聴こえるように注意を払う必要があります。あたかも本当に今、自転車が通り過ぎたのかと錯覚するような、手触りさえ感じられるように聴こえる「聴こえ方」にします。これが、小劇場で要求されるシビアさであり、面白さでもあります。

大劇場の音空間は、俯瞰の世界であり、大きな大きな音のパノラマのイメージを構築するところが魅力であり、このイメージを創る時のコンセントレーションの持続が難しいところでもあります。
大きな劇場空間も小劇場も、それぞれに面白さと難しさがあります。
今回の小劇場公演は、とても楽しめました。

舞台設定は昭和40年。1965年です。舞台下手に設えられた塀があります。が、作品世界では、その塀の向こうにも世界が広がっています。
それをお客様に感じてもらうことが、作品にリアリティを与え、お客様の心が作品世界に入って行き、登場人物の心情とお客様の心情がシンクロしやすくなります。

舞台上の世界と舞台の外に広がる1965年という時間と空間は、客席も満たして行かなければなりません。
劇場空間は、舞台があって客席があるのではなく、舞台の一番奥から客席の一番後ろまでが一つの空間なのです。

次号、この小劇場の公演の、稽古場から本番までをお話しいたしましょう。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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