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 今、世の中が大きく変わろうとしています。

従来のものが大きく進歩する、というタイプの変化ではなく、従来とは全く異なるポイントに軸足を置いて、新しく進歩し変わっていこう、というこの動きは、まさにパラダイムシフトと呼ぶべきものでしょう。
一つの分かりやすい例を挙げてみましょう。

この時代の転換期の訪れを先読みしていたかのように、昨年、日本の自動車メーカーがこぞってモータースポーツから手を引きました。
この動きを、モータースポーツファンは、抗議と失望を持って反応しました。が、年が明けてみると、モータースポーツという枠組みよりもっと大きな、世界全体の潮流から見ると、「いつまで化石燃料燃やしてスピード競争やってんだ」という、まるでモータースポーツ自体が、旧時代の遺物であるかのような見方をされるようになりました。

この変化のスピードには目を見張るものがあります。
日本の自動車メーカーは、モータースポーツから手を引く声明を出した数ヶ月後には、ハイブリッド車、電気自動車を矢継ぎ早に発表していきます。
この動きを見ていると、まるで、みるみるうちに、20世紀の枠組みから脱却していこう、というように感じられます。

20世紀は、大きく科学技術が進歩した世紀でした。
そして20世紀は、石油の世紀でした。
そして20世紀の科学と技術は、戦争によって求められ、戦争によって進歩をしました。

車も、船も、飛行機も、プラスチックやポリエステル、電気、通信、今の私たちの生活を支えている殆どのものは、石油に依存し戦争によって進歩をしました。
20世紀は、石油と戦争の世紀、と言うことができるでしょう。少なくとも、後世の歴史には、そう位置づけられることは間違いありません。
石油を押さえた者が世界を制し、石油を求めて戦争が始められました。
そこから脱却するということは、20世紀の枠組みから脱却するということです。
それは、国家間の勢力だけではなく、産業、金融、全ての枠組みが変わるということです。

そして、戦争に求められない、戦争に頼らない技術の進歩の道筋を作る、ということであります。
当然のことながら、石油によって権力を維持し、石油と戦争によって進歩と発展を遂げてきた国や団体の抵抗は、今後厳しくなることは容易に想像できます。
しかしながら、それが既に崩壊の臨界点に来た、それを象徴するのが、昨年からの、経済危機という衣をかぶった構造崩壊なのだと感じます。
20世紀に普及し戦争によって進歩し石油を燃やして走ってきた自動車が、ここで電気自動車に路線変更していくというのは、実に大きな象徴のように感じるのです。
そして、思うのです。

音響は、どうなるのだろう。

音響も、20世紀に生まれ、戦争によって進歩発展をしてきました。
そして21世紀も約10年を過ぎて新世紀突入の興奮も醒めてきたこの頃。音響は、今迎える大きな転換期に、どちらへ舵を切ったらいいのか。
それが見えているかどうか、舵を取る人の見識が問われます。
10年後が見えている人でなければなりません。
温故知新は必要ですが、温故知新だけではもう乗り切ることが出来ない大転換期です。

全く新しい概念と価値観が必要です。
未来への細い一筋の道を踏み外さずに進むことが出来れば、音響というジャンルは、今よりもなお人々にとって欠くべからざる重要なかけがえのないジャンルになるでしょう。
しかし一歩でも踏み違えれば、たちまちのうちに音響というジャンルは名前すらなくなる危険をはらんでいます。
音響というジャンルがもし消滅するとしたら、それは世の中から必要とされなくなるのではなく、世の中から求められているものを見つけられなかった、ということです。

今よりももっと、人に寄り添った、人の幸せの為にある音響。
よりコンパクトで、よりインナーで、よりディープな音響の世界が、求められるようになる、と私は想像するのです。

一つの手がかりが、あります。

「人は、耳で音を聴いている。

つもりでいるけれども、実は違う。

人は、脳で音を聴いているのである。

耳はマイクロホンでしかない。」

ある日思い浮かんだこの手がかりを元に、私はここから、さまざまな夢想を繰り広げて行きます。
そこからは、新しい概念、新しい演出、新しいデバイス、さまざまなものが溢れんばかりに湧き出てきます。

それらを一つずつ、これから確かめながら、時折ここのエッセイでお話していこうと思います。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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