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 忙しい仕事の合間を縫って、今年の早春に、やっと、サラウンド音響作品の第2弾の制作が終了し、完成の日を迎えました。

思えば25年前、まだ舞台音響の世界に入る前、AMラジオ局でのモノラルのラジオドラマの脚本・演出の修業からスタートした私は、舞台音響の世界に移っても、FMでのステレオラジオドラマ、CDが登場してからはCDブック、遊園地やアミューズメント施設でのヘッドホンを使用した「音のお化け屋敷」、目の見えない子供たちや病院で長期入院している子供たちへの「音の絵本」、これがステレオからヘッドホンでの2chヴァーチャルへ移行し、現在、サラウンドでの制作となっていますが、ずっと、音響作品制作と、新しい音響表現の実験を続けてきました。

ここまで私を音響作品制作に駆り立てるのは、もちろん自分の中から湧き上がってくる「表現衝動」、表現者はみな、絵であれ彫刻であれ音楽でも料理でも、何らかの噴出口から己の抑え難い表現衝動が吹き出して来て作品を生み出す訳なのですが、私の場合、無から生まれてくる表現したいというイマジネーションが音、である、ということがまず第一にあると同時に、「音の力を信じる」「音で人を幸せにしたい」というモチベーションが私を支えて来ました。

今回の作品は宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」。
この作品は、過去にモノラルのラジオドラマ、ステレオのCDブック、舞台公演、2chヴァーチャル作品、と、いろんなプラットフォームで手がけてきました。
その度、それぞれのメディアに合わせて脚本化してきたのですが、その際、最も心がけることは、その脚本が、そのメディアならでは、の脚本化を果たせているのかどうか、という点です。

AMのモノラルのラジオドラマの脚本修業時代、書き上げた脚本を師匠に見せると、

「うん、面白いよ。面白い話だね。」

と言ってくれます。でもここで安心はできません。
一呼吸あって、

「面白いからこれ、読むだけでいいんじゃないの?ラジオドラマにする必要ある?」

来たぁ〜。師匠独特の言い回しのダメ出しです。
何度も何度も書き直しては、その度に、

「このホン(脚本)ならさぁ、テレビドラマにした方が向いてるんじゃないの?」

「これだったら映画にしたら?きっと面白いよ。」

「なんでこのホン(脚本)を音のドラマにする必要ある?」

という、とても優しい笑顔と優しい語り口で、容赦ないダメ出しを下さいます。
つまり、その脚本が、これは読み物でも映像作品でもなく、音という表現手段が最もふさわしい、音という表現方法の良さを最も活かし切れる、そういう脚本でなければサウンドドラマ化する必然がない、ということのトレーニングなのです。

この頃に受けたダメ出しは、現在も、いろんなプラットフォームで作品を制作する時にも大きな教えとして私自身を支えてくれます。
モノラルならモノラルの特長と良さを活かした脚本に仕立てる。これだったらステレオでもサラウンドでもなくモノラルにした方が面白い、という脚本の切り口、アプローチにする、ということです。ステレオ作品なら、これはまさしくステレオで制作してこそ、作品も活かされステレオというメディアもステレオの持つ特長を存分にお客様に楽しんでもらえる、という脚本にしなければ制作する必然がないということです。

同じように、舞台公演なら舞台ならではの良さを、サラウンドなら「この脚本はサラウンドでしか表現し得ない、モノラルでもステレオでも舞台でもマルチチャンネルでも2chヴァーチャルでもダメだ」という脚本に仕立てられなければ、サラウンドはただのこけおどしとなってしまい、それではお客様はサラウンドというメディアそのものに背を向けてしまいます。

「銀河鉄道の夜」は、そういう意味では、私が今までいろんなプラットフォームで脚本化に挑戦してきた、思い出深い作品です。
一つの原作が、表現メディアが変わることで、原作の切り取り方、アプローチが全く異なり、書き上がった脚本はそれぞれのメディアによって全くの別物になります。

今回のサラウンド作品化は、相当苦しみました。
「銀河鉄道の夜」という作品のテーマをまず掴み取り、そのテーマを表現するにあたって、サラウンドという表現方法が、テーマを伝える最大の手段になっているという脚本にしなければ、サラウンドドラマ化は無意味になってしまいます。
サラウンドという表現方法を使ってこそ、この作品のテーマを、より明確に伝えることができた、という作品にしなければ、ただ効果音や台詞がグルグル回っているだけでは、ただのこけおどしになってしまい、その表現方法はすぐに飽きられて短命に終わります。
そうやって飽きられて消えていった表現方法を幾つか私は見てきました。とても残念なことです。

今回、サラウンド作品化にあたって、原作の「銀河鉄道の夜」を、もう一度読み直し、その背景と原作者自身を調べ直す、という作業から始めました。それをしなければサラウンド作品化は無理だと判ったからなのですが、そこからが難問続出で、以下次号です。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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