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 前回の続きで、舞台「瞼の母」での、「人を斬る音」のお話です。

主人公の番場の忠太郎は渡世人の博徒です。そういった人種を観客がよく理解している時代なら、多くの説明をしなくても、渡世人の博徒という設定と、それとは対照的な、忠太郎の泣きの台詞の多いこの「瞼の母」という作品をお客様は十分理解して堪能して下さるでしょう。

しかし、渡世人、博徒という言葉が死語に等しい、この21世紀に於いては、下手をすれば忠太郎は、女々しいイメージを持たれかねない、かと言って長谷川伸先生の名作であるこの作品は、是非テキレジ無しで上演したい、という演出家の考えから、作品の途中に3ヶ所、殺陣の場面を追加し、私はそこに「人を斬る音」を用意することにした訳です。殺陣をなさる若駒の会の皆さんは、さすが長年にわたってテレビや映画、舞台の殺陣を支えて来られただけあって、思わず唸ってしまうような、見とれてしまうような素晴らしさです。稽古場で至近距離で見ていると、気迫がビンビンと飛んできます。

殺陣の型も、柳生流や一刀流などの流派ごとの型の違いや、戦国時代の型、京都の公家の剣法である京八流、平安時代の、「刀を差す」のではなく「刀を佩く(はく)」時代の殺陣、何でもこなします。
「でないと毎年大河ドラマは出来ないよ」と笑う彼らは、忠太郎のような、町人の出身が渡世人に身を崩して、剣術の稽古も経験せずに刀を振り回して、見様見真似で腕前を上げた「渡世人の殺陣」も見事になさいます。

芝居の途中で忠太郎は、鳥羽田要助という浪人と立ち廻りをしますが、浪人とは言え武士で、剣術の心得のある鳥羽田要助と、渡世人である番場の忠太郎とでは、構えも太刀筋も全く違います。
観客の誰が見ても分かるこの違いから、忠太郎という人物の、台詞からだけでは決して浮かび上がってこない「凄み」を浮かび上がらせていきます。

剣術の稽古もしたことがない町人くずれの渡世人にとって刀というのは、ただただ相手の命を絶つ為だけの「人斬り包丁」です。そんな立ち廻りで命のやり取りを繰り返して生き延びてきた忠太郎の腕前は、強いと言えば強いのですが、武士の強さとは違う、「目の前のこいつの命を斬って絶ってこの場を生き延びよう」という、品格とか美しさとは無縁の、飢えた渇望の立ち廻りです。
そんな忠太郎が、生き別れの母を求めて旅をし、他人の身の上や情けに涙するからこそ、この作品が人の心を打つのです。
ですからこの舞台での「忠太郎が人を斬る音」は、今まで私が作り貯めてきた「人を斬る音」ではなく、全く違うイメージと手法で新調しようと思い立ちました。

私が今まで作ってきた「人を斬る音」は、25年くらい前に先輩に教わったやり方で、キャベツを切る音をオープンデッキで録音し、その音をスクラッチするやり方です。オープンデッキは今でも私の手元で、効果音作りの道具として現役です。

今回はその作り方から離れようと思いました。
まず、忠太郎の斬り合いの時の心情をイメージします。出来れば早く決着をつけたい筈です。腕に覚えのある相手と長期戦になれば不利だと考えるのは当然でしょう。不利だとなれば目茶苦茶に刀を振り回してその場を切り抜け、次の一瞬のチャンスと窺うでしょう。
そうしたイメージの中から、抜きざまに一閃、叩き斬るような音を新調しました。

刀が鞘から抜かれたイメージの音、抜かれた刀が煌めくイメージの音、風を切るようなイメージの抽象音、刀が身体にぶつかった衝撃音、刀が身体を叩き切るというよりは叩き割るというイメージの衝撃音。これらを重ねて音色を作っていきます。
音を聴いているポジションは忠太郎自身というイメージです。敵と向き合った忠太郎の、「勝ちたい」というよりは、「死にたくない、生き残ってやる」という、本能の咆哮です。

叩き斬った後ろに、血がしたたり落ちるような、肉がこぼれ落ちるような音を一瞬、かすかに加えてみました。決して美しくはない、凄みと切羽詰まったギリギリの精神状態での命のやり取り。勝った負けたではなく、生き残るか命を取られるか。

人斬り包丁を相手の身体という肉に叩きつけるということはどういうことかという音に仕上げました。
稽古場で皆さんに聴いてもらうと、殺陣の方々は、「うおーっ、これ凄いな」と言うなり立ち廻りを始めます。演出家は笑って、「石丸さん、最後のボタボタグチャグチャがちょっと多すぎ。半分くらいにして。」と言われましたが、「あとは最高。これで成立するよ。ありがとう。」と喜んで貰えました。

演出家の言う「最後のボタボタグチャグチャ」というのは、先に述べた「叩き斬った後ろに、血がしたたり落ちるような、肉がこぼれ落ちるような音」です。これについては、今回の「人を斬る音」はマルチトラックで作っているので、稽古場で分量を微調整してOKテイクを作りました。

次回、劇場に場所を移しての舞台稽古、そして初日の模様をお話しさせて頂きましょう。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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