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昨年は、長谷川伸先生の戯曲集が発売されたこともあり、いろんなところで長谷川伸先生の作品が上演されました。

私のところにも、「瞼の母」を手伝って欲しいという話が来て、台本が送られてきました。
読んでみると、面白い工夫がされていました。
テキレジは一切なく、それに加えて、若駒の会の方が殺陣で参加されていて、冒頭に一場面、お話の真ん中あたりで一場面、ラストに一場面、殺陣が追加されていました。

若駒の会、というグループの方々については皆様もよくご存知のことと思います。昭和38年の、NHK大河ドラマの最初の作品から殺陣を手がけられている方々です。

「瞼の母」については、今更説明の必要もない、皆様よくご存知の作品です。演出家は今回、上演にあたって、原作を尊重して忠実に上演することと、上演にあたって現代のお客さんに主人公をよく理解してもらうために追加の殺陣の場面を用意する、という、二つの方針をおっしゃいました。

主人公の番場の忠太郎は渡世人です。博打もよく勝ちます。二幕目以降の江戸での一年あまりの日々は、博打で勝った金で暮らしている訳です。ということは、博打の腕前は相当なものです。
また、斬り合い、殺し合いの腕も相当なものです。台本に書かれている立ち廻りでも、数こそ少ないですが、忠太郎の腕前の凄さ、強さが分かります。

お客さんが舞台を観ながら想像しても、江戸へ出てきて一年あまり、博打で勝った金だけで暮らしているということは、それにまつわる色々な賭場でのいざこざもあったろう、それを生き抜いてきたということは、忠太郎は相当の腕前だ、ということが分かる訳です。
が、しかし、と演出家はおっしゃいます。
演出家が一番危惧するのはそこのところだ、というのです。

つまり、昔の時代、新国劇が全盛だった頃、「瞼の母」を観に来ていたお客さんというのは、そういう想像力が豊かだった時代の人たちであり、やくざ、渡世人という人たちのことをよく理解していた時代であった、ということだそうです。
時代の違い、というのは、もうひとつあります。
現代の人々は、舞台上で観せられることだけをただ観るだけで、場面と場面のあいだの暗転のあいだに、どんなことが行われていたのか、どんな生きざま、どんなドラマが繰り広げられたか、暗転中に想像するということをしなくなった、と演出家は言います。

それはどんなジャンルにも言えることでしょう。よく、「行間を読む」ということを言いますが、そういうことがなくなってしまった、ただ受け身なだけの、全部観せて聴かせて言葉にして説明して、としなければ伝わらない、そんな時代になってしまった、ということは、どんなジャンルの作り手の方もおっしゃることです。

自分で想像する、お客さんが自身の内面で想像力を駆使して補完する、作品を完成させる、という、お客さんが能動的な、ある意味お客さんが最後の作り手の一人である、ということがなくなってしまった、そういう時代だ、ということであります。

このダブルの意味での時代の違い、ここが今回、かつての名作「瞼の母」をこの21世紀に上演するにあたって、演出家が最も考えたところでした。
しかし、かといって、現代的なアレンジを加えたり、換骨奪胎してしまったり、そういうことは一切したくない、というのが演出家の希望でした。それをやってしまっては、只の時代への媚び、迎合であり、同時に原作に対しても失礼だ、ということです。

そこは私も我が意を得たり、と思うところで、音楽や照明や衣装や言葉使いを現代風にしただけで、時代性を加えたなどという、とても仕事をしているとは呼べない公演に度々ぶち当たり、そのたびいつも「ふざけるな」と腹立たしい思いをしているので、今回の演出家の話はとても心強いものでした。
演出家は先に述べたように、テキレジを一切せず、台本に忠実に上演をします。しかしそれですと、台本の上では、番場の忠太郎の台詞は、母への泣き言ばかりです。

昔のお客さんは、自分の想像力と、何場面かの立ち廻り、それと役者さんのちょっとした仕草や芝居で、忠太郎のもう一つの一面、凄腕の渡世人、という顔を感じることで、番場の忠太郎という人物を自分の頭の中で完成させる訳ですが、演出家は、殺陣の場面を追加することで、忠太郎の、台本の台詞にはなかなか浮かび上がってこない、ギラギラした部分、渡世人の、野良犬のような臭い、そんな一面をお客さんに見せて、お客さんが忠太郎という人物をイメージする時の、背中を後押ししようというプランを用意した訳です。

私はそれを受けて、殺陣の場面で、人を斬る音を用意しよう、それも、演出家の言うキーワードの一つ、忠太郎の「ギラギラ感」を感じられる「人を斬る音」を、ここは一発、新調しよう、と思い立ちました。
このように、演出によって、必然を持って効果音が生まれてこなければ、その音はただのこけおどしです。

次回、この、人を斬る音の制作過程から、本番までをお話いたしましょう。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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