otowa.gif

 異常気象と温暖化が世界規模で問題になっている昨今です。人為的な原因なのですから看過する訳には参りません。

 夏は物凄く暑く、冬は物凄い大雪です。
これを、「まるで昔に戻ったようだ。昔は、夏はしっかり暑く冬はしっかり寒かった。10数年前までは、なんだか夏らしくない夏が続いたり、ちっとも雪が降らない暖冬が続いたりした。文明の進歩で季節感が失われてしまっていたが、この頃は季節感が満喫できるようになった。」と言う人がいます。これは少々、見当外れと言うものでしょう。

 昔は、文明が発達していなかったことで夏を暑く感じ冬を寒く感じた訳ですから、現代とは違います。
あたかも、自然界の逆襲、といった感を受けます。
例えば、このエッセイの97年6月号で書きました、クマゼミの鳴き声。
効果音としては、夏の、西日本の、午前中を表現する代表的な効果音です。クマゼミの鳴き声を出すと、もうそれだけでその場面は、舞台装置も照明も衣装もなしに、夏の西日本の午前中だという印象をお客様に伝えることが出来ます。夏の甲子園や、広島・長崎の原爆を題材にした作品では欠かせない音素材です。

 ところが昨年、新聞記事で、クマゼミが北上中と報道されました。中部だけでなく関東でもクマゼミの鳴き声を多く聴かれたそうです。
このままクマゼミの鳴き声が全国で聞かれるようになったら、一つの象徴的な効果音が姿を消すことになります。それはとりもなおさず、この効果音を成立させるに至った、数千年をかけて蓄積されてきた人々の音に対する記憶が一つ、消滅するということなのです。それが一番、残念な、大きな痛手なのです。

 効果音が一つ、成立する為には、その背景に、長い長い時間をかけて蓄積された、人々の営みがあるのです。
効果音とは、そういう、人々の記憶の蓄積に訴えかけて、こちらの意図する特定の感情を呼び起こすために、使用するものです。それが崩れかけている。音響家にとって、とても仕事がしづらい、厳しい時代になったなと、日々の仕事の中で実感します。舞台公演の効果プランが、とても立てづらくなりました。
夏の暑さや冬の寒さが、ここ数年の異常気象によって、この現代でも実感できるようになったというのは、とても皮肉な現象で、まるでそれは、自然界のリベンジのようにも感じられます。

 冬の大雪は、別に十数年前より寒くなった訳ではなく、温暖化による気圧の移動の仕方と上空の水分の量の変化によって起きているのですが、温暖化によって冬が寒くなり大雪が降る、という、気候のねじれ現象が、この日本で起きています。これは効果音によって季節を表現しようという我々音響家にとっては、とても困ったことです。

 異常気象それ自体は、過去の歴史の中でも起きています。
18世紀の終わりから19世紀の半ばまで、この地球上は、小氷河期の時期に入っていたということです。
冷害、厳しい冬、地殻の変動と火山活動。世界各地でこれを記録した文書が残っています。ヨーロッパではフランス革命の時期にあたります。
冷害で作物の不作が続き、厳しい寒さで多くの餓死者、凍死者を出しながら、無為無策の政府に対して不満が爆発し、世界のあちこちで政情が不安定になっています。

 王政が倒されたり、革命やクーデターなどの内乱が起きています。
日本でも、老中田沼意次の末期から次の松平定信の時代にさしかかる頃で、冷害、富士山や浅間山の噴火によって飢饉が続き、無宿人が増え、百姓一揆が起き、「米より金」と経済のシステムが大きく舵を切った時代です。有名な長谷川平蔵が登場した頃です。
この時代を舞台設定とした作品は沢山ありますが、その作品の中に出てくる「おお、寒い」という台詞は、洋の東西を問わず、地球が小氷河期に入っていたということを念頭において、風や吹雪の音を作ります。

 冷暖房が整った現代で、舞台や映画やドラマをお客様が見ていても、「おお寒い」という台詞とそれに伴う感情に、共感、シンパシーが得られにくいのです。登場人物の感覚と、それを見ているお客様の感覚がシンクロできるだけの「感覚の記憶」が、見る側に備わっていないのです。

「寒くて凍え死にそう」とか「寒くてひもじい可哀想な」という物語上の環境が成立しづらい現代に、どんな風の音や吹雪の音を聴かせればいいのか。それにしても、気候の大幅な変化が、政情を不安定にし、歴史の変化に大きな影響を与えるというのは、過去の歴史からも十分に学ぶことが出来ますが、今この時代も、まさにその状態だということは、私たちは、未来の歴史の中の、とても重要なポイントとなる時代に立ち会っているのだと感じます。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


backnext
OTOWAYA home