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 「高津の富くじ」という芝居の舞台公演に携わりました。
この作品は松竹新喜劇のレパートリーで、今回は東京の劇団の上演に際し、松竹新喜劇の上演許可と協賛を得ての公演でした。

 07年1月号で「文七元結」の舞台公演のお話を致しましたが、今回の公演も、私としては出来れば下座鳴物さんは生でやっていただきたいのですが、こればっかりは主催の都合、ご予算の問題でどうにもならない時もあります。その場合、音楽素材をこちらで用意して再生する訳ですが、再生の仕方、聴かせ方のポイントについては「文七元結」の時にお話いたしました。
今回苦労しましたのは、舞台が上方だということで、素材がなかなか揃わないということです。それはなにも、私が東京在住だからということではありません。上方にも同業の友人は沢山いますが、彼らにしても、事情は同じです。上方の伝統文化が、伝承保存されずに消滅して行ってしまう危機にあるのです。

 伝統文化は、特定の文化人、例えば歌舞伎の関係者や日舞や落語の関係者だけが囲い込んで伝承保存すればよいというものではありません。それでは天然記念物のトキと一緒です。一般の方々が、見て聞いて触れることが出来て、生活の中に取り込むことが出来て初めて、受け継がれて行くことが出来るのです。それは色彩、食文化、住居文化、全てに言えることです。
例えば着物の帯。江戸巻きと上方巻きがありますが、歌舞伎の上方の作品が上演されても、江戸巻きで登場する歌舞伎俳優が随分多くなりました。

 昨今、放送も出版も、伝統文化という話になると、歌舞伎俳優の方や落語の噺家さんを引っ張ってくれば事足りるとでも思っているかのような風潮にありますが、それはあまりにも歌舞伎俳優の方や噺家さんには荷が重い話です。放送や出版の制作サイドの勉強不足が目に余ると感じることが増えてきています。

 戦後の一時、上方歌舞伎がほぼ断絶しかかるという不幸な時期があり、東京で上方歌舞伎を断続的に上演されてはいても、上方の服飾文化や上方の伝統音楽をそのまま上方で伝承されるということが殆ど無くなってしまったからです。東京で希釈され、東京でブレンドされた上方の伝統文化になりつつあります。

 近年、上方の歌舞伎俳優の方々のご尽力によって、上方歌舞伎の復興が始まりました。上方落語にも同じ動きが出てきています。恐らく、この半世紀近くの間に失われてしまったものを掘り起こし、かき集め、もう一度芽を出させるのには大変なご苦労がこれからも続くことでしょう。

 歌舞伎や落語の世界がこうですから、一般の人々のレベルでの上方伝統文化の伝承の有り様は推して知るべしです。
上方の人たちが、自分たちの地方郷土の昔ながらの音楽や芝居を行おうとしても、資料が残っていないのです。大阪にいても、東京経由の資料になりがちなのです。そして、一般の人たちが、上方の伝統文化を知らず、その価値を分からなければ、歌舞伎や落語がいくら頑張っても、笛吹けど太鼓叩けど踊らず、という結果になってしまうのです。
例えば夏芝居をかけたとして、浴衣というものの生活の中での扱われ方と意味合いは、江戸と上方では全く違います。その違いから来る、浴衣の色や柄の、江戸と上方の違いは、芝居を見物する側が分かっていなければ、上演する側がいくら頑張っても上滑りするだけです。

 私は東京生まれの東京育ちですが、藤山寛美さんがお元気だったころ、新橋演舞場に勤務していて、毎年7月に松竹新喜劇が新橋演舞場で公演をなさっていました。その舞台に満ちている上方の味わいは、時代劇だけでなく現代劇においても、舞台装置の色、音楽や音、服飾に至るまで「ああ、上方だなぁ」と感じさせられるものでした。まるで劇場の中の空気までが丸ごと上方になったかのような、「舞台を観る」というよりは、舞台を観ることによって「上方を満喫する」という1ヶ月で、私は毎年7月を楽しみにしていたものです。

 「高津の富くじ」の公演は、苦心惨憺、どうにかこうにか、嘘のない音素材を揃えて公演を行うことが出来ました。上方のお客様がご覧になっても、場違いだったり妙ちきりんだったりしない、「こんなの上方じゃない」とお叱りを受けないものにはなったと思います。しかし同時に、不完全燃焼も感じておりますし、東京の人間が上方の芝居を手がける時の苦労と限界も味わいました。
この号が皆様のお手元に届く頃、私は休暇を取って京都に向かっています。折しも京都は祇園祭。上方の音採集のために、京都に逗留して、大阪までも足を伸ばしてみようと考えています。

 夏を呼ぶ祇園祭の宵山の、盆地らしい京都の蒸し風呂のような、汗が玉になって噴き出す暑さに、コンチキチンと聴こえる祇園囃子。そして六甲山のクマゼミの鳴き声と入道雲。楽しみです。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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