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 劇場でのソワレ公演を数時間後に控えた夕方、突然、友人の訃報が届きました。SOUND CONCRETEの山口敏宏さん。享年44歳の、あまりにも早すぎる逝去です。

山口さんは、演劇の舞台音響が専門でしたが、中国からの京劇の来日公演で音響の日本側スタッフを17年以上勤められ、私が知る限り、日本で一番、京劇の音響を知る人でした。
現場で突然、くも膜下出血で倒れられ、そのまま意識が戻ることなく亡くなられたとのことです。

 私は勿論、ご家族の方々も、そして誰より本人が、一体何が起きてどうなったのか、茫然自失だろうと思います。
初対面で意気投合して以来15年以上、同世代の現場の友人としてだけでなく、同じ価値観を持つ、音に対して似通ったスタンスを持つ、何と言いますか、戦友のような間柄でした。
お互い現場を抱える忙しい身で、メールのやりとりはしていても、顔を合わせることが出来るのは年に数回。それでも、「あいつも今ごろきっと頑張っているだろうから」と思うことで、今の自分をもう一頑張りしよう、と思い合える、そんな友人でした。

 それが突然、一陣の風になって消えるように去ってしまいました。
まるで、最前線の銃弾の飛び交う中を、肩を並べて隣を走っていた戦友が、突然倒れて亡くなってしまったような感じです。
哀しいのは、こういう現場の仕事をしていると、日頃から「盆も暮れも親の死に目もない」と覚悟はしていますが、駆けつけることも最後の別れをすることも出来ず、何をしているかと言えば舞台の上の公演は喜劇の公演で、涙が止まらないのにお客様にばか笑いして頂く為に懸命に仕事をしている訳です。

つくづく、因果な仕事だと思います。と、このエッセイの98年4月号にも書きました。
そして、次の日から、まるでその人が初めからいなかったかのように、何事も回っていき動いていきます。それが「The Show must Go on」、私達のいるエンターテイメント、ショービジネスの掟だと分かってはいても、どうしようもなく哀しいのです。

 更にもう一つ哀しいのは、私達が手がけている音が、形に残すことが出来ない、生まれたそばから消えて行く、刹那のものであるということです。
舞台美術や照明は、写真や映像にして残しておけますが、音は残せません。ですから、山口さんが亡くなられて、山口さんが今まで何を成してきたのか、形になって残らないのが、この舞台音響という仕事の根源的な哀しさだと思うのです。
ですから、山口さんは、まるで風になって吹き去って行ってしまった戦友なのです。

 風が吹き去った後に残された私は、亡くなられたことが勿論何よりも悲しいのですが、それと同じくらい、風が吹き去った後に何も残っていないかのような、この音の世界、音の仕事というものが哀しいと感じてしまうのです。では、残された私は何をすればいいのでしょうか。
このエッセイの2004年の100回記念にもお話致しましたが、形に残したからといって、それは永遠でも何でもないのです。一枚の絵があったとして、20歳の時にその絵に感動したとしましょう。10年後、20年後、同じ感動は決して得られません。絵は変わっていませんが、それを見る私達が変わってしまっているからです。
「この絵、こんなもんだったけ?」
そう思ったら、そう思った分、見ているこちらが、年月が経った分、成長していたり、価値観が変わっていたり、ほかにもっとすごい絵を見たりして、経験を重ねた結果なのです。つまり、形に残すことが、永遠を得る手段では決してない、ということです。
では、永遠はどこにあるのでしょうか。

それは、「記憶」の中です。

 20歳の時に聴いた、激しく心を揺さぶられた音。
それは二度と聴くことは出来ませんが、その瞬間のことは強烈な印象として、記憶に残ります。
その時その「一瞬」は、「永遠」に変わるのです。
その記憶は、私達が何歳になろうとも「あの時のあの音はすごかったなぁ」と、いつまでも変わることがありません。
こうして、形に残せない一瞬の音は、記憶に残ることで永遠を得ることが出来ます。つまり、私が今することは、記憶することです。

 記憶することで、彼も、彼の音も、その一瞬一瞬が、記憶の中で永遠に変わります。
永遠とは、人の想いの記憶、なのでしょう。そうして、何万年もの間の、人の想いの記憶の蓄積、連鎖が、DNAの鎖なのでしょう。

私は君を忘れない。

仲良しだった。仲間だった。

かけがえのない戦友だった。

私のMacのメールソフトの受信箱には、Mac仲間だった山口さんからのメールが残っています。
削除せずに保存しておこうと想います。Macに記憶させておくのです。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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