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 久しぶりにアクション劇団の公演に携わりました。
商業劇場に常駐オペレータとして勤務していた若い頃は、時代劇の立ち廻りは日常的にやっておりましたが、その場合の効果音はだいたい、人を斬る音、剣を振る音、剣と剣が当たる音、などです。
それと音楽を合わせて再生していきますが、音楽も目まぐるしく乗り替わっていきます。これが生本番で、やり直しがきかないとなると、友人は「大変だね」「胃が痛くならない?」と言われますが、そんなことはありません。むしろワクワクします。

 失敗しないように、とか、生本番はやり直しが効かない、などと受け身の守りの気持ちでオペをしていたら音が死んでしまいます。
自分がその空間の神様になって、舞台の上の作品世界と客席に音を、叩きつけたり転がしたりそっと忍び込ませたり、オフェンシヴにアグレッシヴに音を操るのが生本番のオペレートです。
現在はサンプラーがありますから随分楽になりましたが、6mmオープンデッキが主流だった時代は大変でした。私の先輩は、俳優の大川橋蔵さんの「銭形平次」の舞台公演で、銭形平次が投げる投げ銭の所作に効果音を当てる為、投げる回数分の効果音を用意し、自分の回りにオープンデッキをグルリと並べて本番をこなしたそうです。足元にも置いたといいますからスゴイ話です。

 今回の公演は、時代劇ではなく、少々ファンタジックな設定でしたので、魔法のような音、アクションや決めポーズにつける派手なタッチSE、爆発音や衝撃音など、盛り沢山です。
数分間で何百というキッカケの数。1分間で80以上のキッカケということは、1秒間に数回のキッカケがあることになります。機関銃のように音を連打して行きます。

 こういうオペは、オペというよりはプレイです。
ノリと勢いで一気呵成に攻めて行くのですから楽しくて気が楽です。
一つの風の音や波の音をじっくりと活け殺しして、音に息吹を持たせるオペの方がずっとしんどい思いをします。
観客は、大人と子供が半々でした。

 音楽が鳴り、照明がかわり、場面が急展開をみせると、子供達がざわつき始めます。既に泣き出している子供もいます。そして物凄い効果音と音楽と共に敵役が登場。もうあちこちで火がついたように子供たちが泣き叫び始めます。
この瞬間が最高に楽しく興奮します。まるで自分が悪の帝王になったような気分です。音響調整卓から眼下の客席へ向かって、さあ泣け!叫べ!とばかりに、音を投げつけているような心持ちです。
助手のSが後ろでニヤニヤしながら「石丸さん、いつにも増してエグいオペですね」と言います。

 映画やテレビと違い、生の舞台では、CGなどの映像特殊効果に頼ることが出来ません。音響と照明が頼みになります。
そういう時の音の持つ力を、初めて私が味わったのも、やはり子供の時だったなぁ、と、今回の公演の稽古場で、思い出していました。
私が小学校1年生の年に「仮面ライダー」が初放映されました。そして程なく、当時の後楽園遊園地で、初めての舞台アトラクションとしての仮面ライダーショーが開催されました。
そのアトラクションに、祖父に手を引かれ、妹と共に連れていってもらった時の思い出は、祖父と妹と三人で写った写真と一緒に、強烈な印象を脳裏に焼き付いています。

 昼間の屋外の簡素なステージと客席。そこにいきなり着ぐるみのキャラクターが登場して、それを現実とフィクションのオーバーラップとして子供が受け止めるには、音楽と効果音、ナレーションの手助けが不可欠でしたし、またそれが絶大な効果をもたらしていました。
恐ろしげな音楽とナレーション、客席を歩き回って子供たちを脅かす悪役のアクションに併せて様々な効果音が子供たちを恐怖のどん底に落とします。泣き叫びながら祖父にしがみつく妹を笑いながら抱き留めていた祖父の優しい笑顔を今もハッキリと憶えています。

 思えばあの時、舞台の持つ力、生の本番の魅力を知って、今の自分がいるのかもしれない、と思いながら本番を迎えました。
舞台では主役が登場して、子供たちは大熱狂です。
椅子から立ち上がって声を限りに声援を送り、拍手をしています。

 私が息もつかせず繰り出す音の攻撃に、のけぞったり、かわしたりするように動きながら、大騒ぎのクライマックスを迎えます。ああ、あそこで立ち上がって腕を振り回して叫んで応援しているのは、あの時の私だ。あそこで親にしがみついて泣き叫んでいるのはあの時の私の妹だ。さあ子供たちよ、泣け、叫べ、怖がれ、そして舞台の持つ力、生の本番の魅力を思い知るのだ。

この公演を観た子供たちの中から将来、音の世界に入ってくる子がいたら楽しいな、と思ったりします。
責任はとれませんけど。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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