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 只今、一ヶ月半のロングランのミュージカル公演の半ばあたりです。
ソワレ公演のみの日、だいたい15時くらいから、出演者が三々五々劇場入りしてきて、思い思いにストレッチや発声練習をしています。

 舞台の上や客席の中は、主役級の出演者や踊りの練習をするためにスペースの必要な出演者で占められています。
客席ロビーでは、静かなところで歌の練習をしたい出演者が、ヘッドホンをつけながら大声で歌っていたり、スコアを見直していたりします。
その中で一人、私がいる2階客席の音響調整室の前で、いつも一人でストレッチをしながら歌の練習をしている出演者がいます。
50過ぎの、フリーランスのミュージカル俳優です。
いろんな公演に頼まれて出演している、引っ張りだこの脇役専門の男性です。

 劇団の俳優さんや、主役級の俳優さん、スポンサーからねじ込まれてきたミュージカル初挑戦などという有名タレントやアイドルに遠慮して、うちの劇場にくるといつでも、音響調整室の前のロビーを自分の定位置にして、ウォーミングアップをしているのです。

 うちの劇場の年間出演回数はダントツです。
いろんな主催や興行会社や劇団が公演を行いますが、配役表を見ると「あれ?この人また出るの?」というくらい頻繁にいろんな公演に出演しています。
ウォーミングアップをしながら歌っている歌は、その公演の歌ではありません。いつも決まって、次に出演する公演の歌を練習しているのです。
こういう、名バイプレイヤーが大勢増えて、はじめてその分野は成熟したといえましょう。

 山の裾野が広がらなければ、山は高くそびえることはできません。
そういう意味では、現在、ミュージカルが花盛り、日本もミュージカルが定着してきた等と囃されますが、とんでもない、私はむしろ危惧を感じます。
例えば前述の50過ぎの男性の名バイプレイヤー。頭が禿げていて、太っちょで、少々だらしない体形です。さえないサラリーマンや酔っ払い、人の良い親戚のおじさん、ホームレス、会社の社長、といった役柄にはぴったりです。
こういう俳優さんはとても貴重です。

 このような外見で、歌がキチンと歌えて踊りも踊れる、という俳優をオーディションするとしたら、例えばブロードウェイならあっという間に1000人近くが集まるでしょう。層が厚いのです。ということは、平均水準が高いということなのです。日本では数える程しかいません。ですから前述の俳優さんが、あっちもこっちもかけもちして、その結果、どんな公演を見ても、顔ぶれが変わるのは主役級だけで、作品全体を支えるバイプレイヤー達は似たような顔ぶれ、という公演ばかりになってしまいます。

 これでミュージカルが日本に定着したとどうして言えましょう。土台の狭い高層ビルのようなものです。その分野が定着した、と言えるようになるには、その分野の裾野が広がらなければなりません。裾野が広がるというのは、出演者に関して言えば、バイプレイヤーの層が厚くなるということで、厚くなれるということは、それだけ厚くなっても食べて行かれるという公演数とお金の流れのシステムが出来上がるということです。

 現在は、公演のポスターやチラシを見ても、主役も脇役も似たような顔立ちばかりです。みんな二枚目。
主役と、いずれ主役になる人の集まりで出来ています。だから、主人公も、主人公のお父さんも、友人も、敵役も、みんな細面のイケメンでスタイルが良くて足が長くて、格好つけてエエカッコしいで登場してきます。ですから作品に現実感、リアリティが出ません。
これではファンタジーや絵空事ミュージカルしか出来上がりません。観客が感情移入できる訳がありません。お客さんはマンガやアニメの実写版を見るような気分でしか舞台作品を見ていないのです。

 オペラやミュージカルは、外国から入ってきたものですから、しっかりと根付くのには100年はかかるでしょう。その努力は現在行われている訳ですし、着実に成果は上がってきています。しかし、地面の下で根が張るのに時間がかかるものを、結果を急いで地表の収穫をあせっては、根付くものが根腐れしてしまいます。

 時間をかけなければ結果が出ないものもあります。10年経たなければ実がつかない果実の樹を、焦って5年で無理やり実をつけさせようとしても無理な話ですし、その状態を指して「根付いた」「定着した」「花盛りだ」と呼ぶのは危険なことです。現在の我が国でのミュージカルの状態を指して、「定着した」というのは良くない、というのは、そういう意味からです。

 多くの人が現在、日々頑張っています。この結実はおそらく数十年後でしょう。その遠い日の収穫の為に、今、頑張っているのです。
育てる、根付かせる、耕す、というのは、そういうことではないでしょうか。

あせらない、あせらない。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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