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 和の演出のお話、前回の続きです。
日本の文化は舞台に限らず美術でも料理でも茶道でも、みんな「引き算の文化」だと考えると理解しやすいですよ、というお話を前回しました。そしてそれは音響の和の演出についても同じです。

 能という舞台芸術の本質は、削ぎ落として削ぎ落として、最後に残ったものをポンと提示してみせる、引き算の極致といえましょう。ゆえに、どんな微細な動きも、心象の世界で大きくクローズアップされ、研ぎ澄まされた美を表現して見せます。

 料理でいうと、「お造り」がそうです。煮ても焼いてもいない、生の魚を切って並べただけのどこが料理だ、と訝しがる外国人もいます。しかし一口食べると、日本刀に源流を持つ包丁の切れ味にて熟練の板前さんが捌いてこそのあの切り口、口の中に入れた時のあの感触。素人が洋包丁でギコギコと切った魚の切り身では到底あの「お造り」の味わいは楽しめません。してみると日本人は、魚の味を最大限に味わう為に、魚の身を切った時の「切り口」と「切れ味」を唯一にして最大の料理方法と選んだわけです。そしてそれ以外の煮る・焼く・蒸す等の調理方法や、調味料などの足し算の味付けを極限まで削ぎ落としてみせた訳です。

この、能のお話、「お造り」のお話を元に、自分の立てた音響プランを見渡してみます。すると、ここもいらない、この音も無駄、ここは説明過多だ、これはしつこい、と感じる箇所が浮かび上がってきます。
この作業を私は、「プランを研ぐ」「プランにカンナをかける」と呼んでいます。

 こうして作り上げていくプランを稽古場で音出ししていると、この手の舞台に馴染んでいない若い役者さんからは、「歌舞伎みたいな雰囲気が出てカッコイイ」「なんだか芝居の風格が上がったって感じ」と喜ばれたり面白がられたりします。

しかし私がやっていることは、別に特別なことでもなければ変わったことでもない、手順をきちんとふんでいけば自然とこの結果にたどり着く、ということをやっているだけなのです。

ただ、その手順というのが、先ほどからお話している通り、言ってみれば「和の手順」なのであって、この「和の手順」を知らない人が多いだけのことなのです。

 「和の手順」にもう一つ、「型を学ぶ」ということがあります。これをいうと、すぐにイヤそうな面倒くさそうな顔をして敬遠してしまう若い人がいます。
しかし、考えてみて下さい。
どうして、型は、生まれたのでしょう。
そんなにみんなに嫌がられるのなら、生まれてこない筈です。
型とは、工夫の結果、工夫の集積体なのです。

 昔、とある人が「もっと良い方法はないか」と考え、工夫をしてみた。それが結構好評で、他の人たちも「おお、こりゃあいい、みんなでこれにしよう」と継承したものが、型です。

 つまり型を学ぶというのは、形を真似るのではなく、「何故この型が生まれたのか、この工夫の背景は何なのか」を探るということなのです。
つまり、型とは、昔からの、多くの先人達の、知恵と工夫の宝庫であり、工夫の理由と背景を知れば、何処を現代に合わせてアレンジや改良を加えたら良いか、どこを崩したら全体がおかしくなってしまうかが一目瞭然になるのです。
こんなに便利で有り難いものはありません。学ばない方が勿体ないというものです。

 同じことが、柔道や空手や拳法にも言えます。彼ら武道家は、きちんと真面目に型を学ぶのに、何故、芸術の世界の若手は、型を学ぶ前から否定したがるのでしょう。

 この時代劇の初日。私の知り合いの演出家が観に来ました。この人とは普段はミュージカルや翻訳劇をご一緒しているのですが、私が本領の時代劇を手がけるというので来てくれたのです。
終演後、彼が言いました。

「俺は若い頃、当時の時代の風潮そのままに、学生運動に端を発した演劇運動に身を投じていた。テント芝居、アングラ、反体制、それが俺達の誇りだったし勲章だった。その気持ちは今でも変わらない。
でもな、このごろ、こういう舞台、伝統芸能とか、そういうものに胸が騒ぐことが多いんだよ。歳なのかな、と思ったりするし、やっぱり日本人なんだなって実感したりするしね。外国の人と会うと、もっと日本の伝統文化勉強しときゃ良かったって思うしね。
だから、俺より10歳以上若い君が、20代からこういう世界の修業してたっていうのは聞いて知ってたけど、実際に舞台を見ると、こういうことが出来るっていうのは、羨ましいと思うね。猛烈にジェラシーを感じるよ。」

と、睨み付けるように笑って帰っていきました。
私には大変有り難い褒め言葉です。
私だって修業の身の頃は、「こんな古くさい世界やだな」って思ってました。有り難みが分からなかったんです。ですから今の若い人の気持ちも分かります。
そんな自分だからこそ、言ってあげられると思うのです。

「和の世界は面白いぞ」って。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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