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 只今、時代劇の舞台公演の稽古に付き合っていまして、佳境に入っているところです。この号がでる頃には本番を迎えているのですが、時代劇はやはり楽しく面白いです。

 今でこそオペラやミュージカルが私の仕事の中心になっていますが、元来が歌舞伎や新派など伝統芸能の世界で修業をさせていただいた出身ですので、やっていてしっくり来るのです。それは、ここ数年薪能の音響に携わらせていただいているのですが、その時にも強く感じることです。

 私が修業をしていた20数年前、伝統芸能や時代劇に若いお客様が来ることはまれでした。今は和ブームでもあり、若い方が和服を装って大勢おいでになります。全く隔世の感があります。

 その若い頃、歌舞伎や新派の公演に携わって、現在振り返ればとても多くのことを学ばせて頂き、今の私を支える大きな財産となったのですが、幾つもある事柄のうちのひとつに、「他所事(よそごと)」という、演出方法といいますか、音楽の扱い方があります。

 初めてこれに接したのは、泉鏡花の名作「婦系図」という作品です。この作品は4回ほど携わらせていただき、強く印象に残っている作品ですが、この作品に最初に携わった時に、「他所事」に触れて驚いたものです。
場面の中で、その場面の近くにて三味線や唄の稽古をしている、という、場面の筋立てとは全く関係のない設定で、演奏や唄をその場に流します。その歌詞が、その場面の登場人物の心情に絡まり、綾を為して、お客様の心に相まって迫る、という、お見事としか言いようのない、先人の演出の知恵と工夫です。

 これが現代のドラマであれば、主題歌をこれでもかと大音量で押し付けてくるでしょう。実際、若い世代はその手の作品、その手の表現しか知りません。そこへいきなり、「他所事」という表現方法、演出方法が現れた時の驚きといったら。言ってみれば、それまでは「押して押して」の、足し算の演出方法しか知らなかったのを、引き算の演出に触れたような驚きと感動でした。これを知ってしまうと、それまでカッコイイと思っていた演出方法が、何だか押しつけがましく油っこく感じてしまうようになりました。

 この手法を私は、現代劇やミュージカル等にも流用し、演出家に提案させていただいたりして、驚かれたり喜ばれたりしています。
似たような経験を、他の作品でもした事があります。
「吉良の仁吉」という作品を、故・三木のり平先生が演出なさった時です。
主人公の仁吉は、仇敵との決戦に備え、愛妻お菊を離縁します。相思相愛の二人ですが、お菊はこれから決戦を行う仇敵の妹でした。
二人の別れの場となる船着き場。普通ならここで、思い切り盛り上げる音楽を用意するところです。
ところがここで三木のり平先生は、「箪笥長持唄」を流してくれ、とおっしゃいました。それも遠くの方から聞こえてくるように、とのことです。
びっくりしました。

 「箪笥長持唄」は、婚礼の行列で謡われる唄です。
それを、主人公の夫婦泣き別れの場面に使うとは。
つまりこれは、二人が泣きの別れをしている船着き場の、遠くの土手を婚礼の行列が歩いていく、という台本にはない設定を演出として想定し、その行列から聞こえてくる唄を流すという訳です。
それによって、お客様の目の前で繰り広げられている、相思相愛なのに義理人情のために泣く泣く別れる主人公夫婦の姿を、「ああ、どこか遠くでお嫁に行く幸せな女の人がいるというのに、ここには愛し合っているのに別れなければならない夫婦がいる」というように、哀しみを浮き立たせようという工夫です。

 実際に「箪笥長持唄」と、別に用意された、盛り上がる哀しそうな音楽の両方をその場面に流して比較してみると、「箪笥長持唄」を聞くまでは、盛り上がる哀しげな音楽を「いいじゃん、盛り上がるじゃん」と思っていたのが、「箪笥長持唄」でその場面を稽古した後では、盛り上がる音楽が何だか押しつけがましい、油っこい、胸焼けするような感じを受けるようになったのです。これも、伝統芸能の「他所事」の手法を活かした、見事な例と言えましょう。
そのスゴさは、まだ若輩だった若き日の私ですら十分に理解できショックを受けたのですから、現代の若い世代にも十分通用すると思うのです。
ただ、知らないだけです。知る機会がないのです。
若い頃の私がそうであったように。

 現代のドラマは、押して押して寄って寄ってズームズーム、足して足してという演出ばかりが目立ちます。音響による演出が、今回お話したように、引き算の演出、一歩引いた演出、俯瞰でみる演出を提案できるのです。
そのスタンスは、日本の伝統芸能や能に限らず、服飾や料理の世界など、日本の伝統文化全般に通ずるものです。

次回、このお話の続きをすることにいたしましょう。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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