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 私達の技術・演出のノウハウの蓄積は、長い年月の中で多くの先人によって受け継がれて来ました。現在の私達はその蓄積を享受しつつ、次世代に伝えていきます。それは料理でも服飾や靴も同じです。

 この、音響における伝承が、途絶えてしまう、世代の断絶、引き継がれていない、という危機感を持った声を最近よく聞きます。業界の御大の方々にご登場頂き、伝統の技を教えてもらおう、という要望を受けて、私の師の元にお願いにあがったところ、意外なことを言われました。

「伝承が大事だということは分かる。でも俺、もう伝承したよ。」

 自分の責務は果たしたという晴れ晴れとした顔です。呆気にとられていると、師は続けて、

「伝授したろうお前にも。え?」

 したろう?と問われれば、ええまあ、されました。
 すると師はニコニコしながら、

「そうだろう。したんだよ俺は。ちゃあんと。
じゃあここからはお前たちの世代がやれよ。いつまでもこんな年寄りに頼るなよ。それで伝承されずに断絶するかどうかは、君らの世代の問題だよ。」

 …やれやれ。また重いバトンを手渡された、と思案を巡らせますと、ちょうど私たちの世代は、上の世代と下の世代の橋渡しをする年齢です。その世代に対して師が「君らの世代の問題だよ」と言ったのは、単に伝承行為の怠慢で断絶するよ、ということだけの意味なのか。いや、そうではないな、と思い至りました。

 受け継ぎ、伝えるということを私達の世代が行わなければならないのは、そこに現代という時代性を加味して伝えなければならないからです。

 私達の師にも、かつては若い頃があり、師匠がいた訳です。私の師匠に話を聞くと、私の師匠が若い頃は、ちょうどテープレコーダが登場してきた頃で、それ以前は録音再生機器がなかった時代でした。
つまり、江戸時代の電気のない時代の後に来た、電気があって録音再生機器がなかった時代、ここが私の師匠のそのまた師匠の時代、ということになります。

 その頃、上空をかすめ飛ぶプロペラ機、という効果を劇場で行う時に、師匠の師匠は、洗濯機のモーターと扇風機、セルロイドの下敷きを持って客席の天井に登ったそうです。そして、洗濯機のモーターで飛行機のエンジンの音を模し、同時に扇風機を回して扇風機の羽根に下敷きを当ててブゥオーンという音を出したそうです。すごいアイディアですね。

 私の師匠はこれを、そっくりそのまま何も変えずに伝承した訳ではありません。テープレコーダが登場したのですから、客席天井にはスピーカを置き、録音した擬音の飛行機の音を再生して、結果として同じ表現を行いました。テープレコーダという、その時代の「現代性」が加味された訳です。

 そうしますと、伝承とは、どういうことを言うのでしょう。先人のやり方を丸々真似たり、それが伝統芸であるかのように称賛したりすることではない、ということが、先に述べたエピソードからも分かります。時代を超えて不変なものは、イメージする心とアイディアです。このエッセイでいつも申し上げている通り、音響とは演出であり、技術はそれを具現化する手段にすぎません。技術は時代と共に変わっていきます。

 そのイメージとアイディアを受け継ぎ、そこに現代の技術を加味して、改良した方が有効であれば改良するし、受け継いだものをそのまま行うほうが有効であれば改良を加えない、その検証と作業を行って次の世代へ伝えるのが、真の意味での伝承なのだと思います。

 例えば擬音の笛。歌舞伎に伝えられる擬音笛には、様々な種類のものがあります。鳥や虫を表現する笛が最も多いのですが、中には赤ん坊笛という、赤ん坊の泣き声を模した音を出すものもあります。そういった数々の擬音笛のうち、ヒグラシ笛やトンビ笛、ウグイス笛、フクロウ笛などは、その音色のテイストがとても良く、時代を超えて不変のものとなっています。笛の音色は録音されて、劇場のスピーカから再生したり、テレビやラジオや映画でも効果音として今も使われています。

 一方、赤ん坊笛は、さすがに録音した赤ちゃんの泣き声に取って代わられました。これは自然の淘汰であり、昔ながらのものが良いか新しいものが良いかの検証が行われた結果です。これもこのエッセイで度々申し上げていることですが、私の師匠に言われたことで、「効果が得られるのなら手段は問わない」ということです。私のオペレート環境は、PCでの音楽や効果音の再生と生の擬音とサラウンドプロセッサが共存しています。手段について論じ合っても意味はなく、結果としてお客様に対して効果が得られれば手段は何だってよいのです。

 その手段の選択肢を多く持っておく、という意味で、過去の手法やアイディアを学ぶことは自分を豊かにしてくれます。自分がアイディアの壁にぶつかった時、昔の先人たちの思いもよらぬアイディアに触れると、その驚きと喜びから、全く新しいアイディアが生まれてくることもあります。そして、自分が決して根無し草ではなく、過去から未来へ連綿と続く大河の流れの中にいるのだと感じます。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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