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 コンサートのSRとミュージカルやオペラ、ストレートプレイでのSRの違いは何ですか、と問われたら、端的な答え方としては、「単一指向性の世界と無指向性の世界の違いです」と答えるのが一番分かりやすいでしょうか。

 ここを理解せずに、SRなら何でも一緒、と思ってると、ミュージカルやオペラをぶち壊しにしてしまいます。特にオペラの場合、「だから電気音響なんていらない、邪魔なだけだ」という話になってしまいます。

 コンサートでのマイクはほとんどが単一指向性のマイクロホンを使います。近接効果を利用し、オンマイクで太い迫力のある音を集音し大音量でスピーカから拡声します。

 一方、ミュージカルやオペラで使用されるマイクはほとんどが無指向性です。オフぎみに集音し、音そのものだけでなく、その周辺の空気感を併せて受け取ります。そうすることで拡声するときも、あたかも拡声していないかのような自然なSRをめざすのです。

 これは、テクニックの話ではなく演出アプローチの話です。何故ならば、マイクの集音だけ注意しても、それをスピーカから拡声する段階で注意しなければ、マイキングの気配りが水の泡になってしまうからです。

 コンサートでは、スピーカから出る音をお客様に聴いて頂くのがSRの主眼です。何を当たり前のことを言ってるんだとおっしゃる方がいるかもしれませんが、演劇やミュージカル、オペラはそうではないのです。

 お客様は3種類の音を聴きます。
 舞台上の生の声や音や演奏。
 スピーカからSRされた音。
 上の二つが場内で響いた音。

 この3つを、どうブレンドしてお客様の耳に届けるかが、SRです。特に場内で響いた音は重要です。劇場やコンサートホールは、それ自体が楽器であるからです。

 劇場やコンサートホールでの拡声のアプローチがそうであるからこその、先に話したようなマイキングになる訳です。

 このマイク、出演者にとっては一番身近な音響機材であるため、マイクにまつわる出演者とのエピソードは他の音響機材に比べて数多くあります。

 若手の駆け出しの頃、コンサートが終演した後は、翌日の本番に備えてウィンドスクリーンの掃除が新米の掃除でした。これが嫌で嫌で。

 女性歌手は勿論のこと、男性歌手も人によっては口紅を塗っています。元から唇の血色が悪い人や、ヘビースモーカーであるために血色が悪くなった人などが、男性であっても口紅を塗ります。まあ、舞台化粧の一部ですから別段おかしいことではありません。ファウンデーションは皆さん当然のごとく塗ってますし。

 本番が終わった後のマイクのウィンドスクリーンは口紅がベッタリです、ガーゼで拭っただけでは到底取れません。歯ブラシを一本買って来て無水エタノールを付けながらウィンドスクリーンの奥までゴシゴシ磨き取ります。

 ミュージカル公演では楽屋出待にワイヤレス基地を作っています。出演者の付き人さんがマイクを受け取りに楽屋からやって来ることもありますが、本人が着けてもらいにやって来ることもあります。私のチームではワイヤレス班はいつも女性で構成しています。

 ワイヤレスマイクを着けるためには出演者に密着しなければなりません。息がかかるような距離です。衣装によっては半裸にワイヤレスの送信機を着け、それから衣装を着る、ということも多いので、ワイヤレス係が男性だと嫌がる女優さんはいますが、女性のワイヤレス係を嫌がる男優さんはいないからです。

 ワイヤレスチームの娘達は、一生懸命情報誌やファッション雑誌を読んで、流行りのスポットや話題のスイーツ、新規オープンのブティックやカフェの評判を仕入れます。マイクの着け外しをしている時の雑談に必要な話のネタです。そこで打ち解けて仲良くなって、マイクや声に関する出演者の要望や疑問、不安、また出演者の体調やコンディションの変化も知ることが出来るようになります。それがその日のオペレートの手がかりになります。ワイヤレスを着ける男優さんにデートに誘われるようになったら立派です。

 ワイヤレス班は、音響チームの中で一番、出演者と接している時間が長い班です。出演者側からすれば音響の「顔」です。その自覚をいつも強く持ちなさい、と言いおいています。

 いつも身ぎれいでいる・香水とマニキュアはつけない・出演者にワイヤレスを着ける前に歯を磨いておく・飴とティッシュとヘアピンと携帯裁縫道具をいつも持っている・いつも笑顔・

 これらは、私のチームの娘達が、先に述べた自覚を強く持つ、ということを私に言われてから自分たちで取り決めた具体的な事柄です。バタバタの戦場のような楽屋通りで、彼女達はまるで野戦病院のナイチンゲールです。
「石丸さんのチームはいつも楽しそうで華やかで羨ましいねぇ。」

 よく出演者や演出家や舞台監督にそう言われます。それはきっと彼女達ワイヤレス班のおかげなのでしょう。そういう風評がひいては、音響全体のイメージアップにつながり、仕事がしやすい環境作りになり、仕事のレベルアップにもなるのです。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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