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  とあるミュージカル公演の、初日を明日に控えたGP、ゲネプロが終わった後の、どこにでもある情景。

 メイク顔のまま衣装の上からガウンやジャージを羽織った出演者達が、三々五々客席に集まって来ます。

 本番同様のスペクタクルな照明も今は作業灯と客電が明るく眩しく、それがかえって先刻との落差を感じさせて、素っ気なささえ感じます。

 舞台上では舞台スタッフ、照明スタッフが忙しく手直し作業にかかり、客席後方では音響のオペチーフが確認作業に追われています。ワイヤレススタッフが大きなケースに30近い送信機を回収して舞台前で汗や化粧の拭き取りをしています。

 その中を、演出家を取り囲むようにして美術の先生、照明デザイナー、音響デザイナーの私、音楽監督、指揮者、歌唱指導の先生、振り付けの先生方が集まって客席前方に座り、更にそれを大きく取り囲むように、客席や舞台上に出演者が座って、「ダメ出し」が始まります。

 まだ息を弾ませている人。首に巻いたタオルで汗を拭いても拭いても止まらない人。禁煙灯がともる客席で付き人に煙草盆を持たせて一服ふかしながら聞き入る人。会心の出来で顔が晴れ晴れとしている人。うまくいかなくてヘコんでいる人。泣き出しそうな人。何だかモノスゴく怒っている人。不謹慎で不真面目な話ですが、こういう何十人もの様々な顔、濃密な顔の集合を見ているのはキライじゃないです。ついつい微笑んでしまいます。今のこの場の、なんと濃厚な濃密な空間、時間。

 老体の演出家はこういうダメ出しの時にはガナリマイクを使わず、穏やかで優しい声が静かに空間に波紋を描いて行きます。しかし指摘は厳しく的確で、要求は高く、出演者達は固唾を飲んで演出家を見つめます。それを追いかけるように、演出助手のペンが演出家の言葉を書き取って行く音がせわしなく続きます。

 ダメ出しは早く終わる時もあれば延々続くこともあり、でもそれが終われば今日は終わりです。出演者はメイクを落として着替えて帰ります。その後更に稽古をする必要があるとすれば、それはかなり問題のあったゲネプロです。

 スタッフのデザイナー達は演出家と幾つか必要な打ち合わせをし、翌日のスケジュールを確認してからそれぞれのセクションに散って行きます。

 私が音響ブースでオペレータ達をねぎらい、確認作業をしていると、オペチーフが「石丸さん、あちらに。」と私の後方を指しながら会釈します。振り向くと、仲の良い出演者の一人が、ダメ出しの姿のまま、笑顔で手を振りながら「お疲れ〜」と近づいて来ます。

 何の話もないのに来る訳がありません。これも、どこにでもある情景です。

 こちらも「お疲れ」と言いながら「良かったよ」と付け加えるのを忘れません。「そぉ?」と照れるように笑いながらこちらの顔を伺っている、その顔をこちらも伺っています。「どうしたの?」なんて訊くようではデザイナーは勤まりません。

 音響に用があって来たのではないということは一目で分かります。舞台を降りた役者は嘘のつけない正直者が多いのです。数秒の、察して欲しい、察してあげよう、という目線の会話があって、ここがストライクゾーンかな?というところに球を投げてみます。

 例えば。「あそこさぁ、ヒドイよねぇ、貴女の聴かせどころなのにさぁ、アイツあんなにカブってきちゃって、ねぇ。」ここがストライクなら、相手の目がパッと光ります。ホント舞台を降りた役者は正直。演技をしません。そこが大好きです。

「そうなのよぉ、ゲネプロまであんなことしなかったのに。ヒドイと思うでしょ?」

 ここで次の球。「俺からあいつに言ってやろうか?ガチコーンと。」

 それを頼みに来たのなら「そぉ?そうして貰える?」と甘えて来ますし、ただ愚痴を聞いて貰いたいだけなら「いいよいいよそんな、有り難う」となります。音響に直接関係のない悩みや相談を持ち込まれることが多い、というのが、音響というポジションの特徴です。

 音響は聴覚演出、照明は視覚演出です。照明は美術と密接に関わり合って視覚演出のサイドから公演を支え、音響は演奏者や出演者と密接に関わり合って聴覚演出のサイドから公演を支えます。当然、演奏者や出演者との付き合いは増え、彼らの信頼を得られなければどんなに腕が良くても仕事になりません。稽古中、本番中、飲みに誘われ、聞かされるのは出演者どうしの不満、演出家への陳情、演出家から出演者への文句、振り付けや音楽監督への文句、まるで音響はクッション材です。

 私が若手に常々言うのは、「音響マンである前に舞台人であれ」ということです。舞台でおこる出来事や問題を、音響的に解決しようとしても、問題が解決しても当事者の心は晴れません。舞台人として解決しようとすれば、問題は解決しなくとも当事者の気持ちが晴れるということは往々にしてあります。

 どうやら今夜も飲み屋行き、その後帰って音素材の手直し、また徹夜になりそうです。

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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