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 前回に続き「魔笛」公演のお話です。

 モスクワのボリショイ劇場やウィーンのシュターツオパーで教わったことですが、オペラでの音響効果は重要視されていて、演出家ときめ細かく打ち合わせをします。それは出演者(つまり歌手)もよく理解していて、自分の歌や出演する場面に関わる効果音や音響プランについて話をします。

 ここが日本と外国のクラシック音楽の教育機関の大きな差と言えましょう。日本の音大などの教育機関では、オペラにおける音響の意味と役割や、どうコーポレートして作品を作り上げて公演を成功に導くのかというノウハウを身につける事が出来ないのが現状です。

 外国へ留学したというキャリアを持つソリストでも、行った先でオペラ公演の修練を積んだ方であれば、彼の地のあり方を目にして「なるほど」と身につけて帰って来るのですが、歌の勉強だけして帰って来た方だと、失礼な言い方ですが、歌だけ上手でオペラの事は身につけずに帰って来てしまっています。

 歌を上手に歌うという事と、劇場という特殊な空間でオペラという特殊な公演を大勢の出演者だけでなく大勢のスタッフと作り上げてお客様からお金を貰うという事は全く別で、そのための別の勉強が必要だという事を、知るチャンスすらなかなかないということです。

 今回の「魔笛」公演で、また新たに多くのソリストと知り合いになりました。皆さんまず驚かれたのが、この公演での効果音の多さ。そしてそれが指揮者と音響の徹底的なディスカッションから生まれている事。音響さんはただ頼まれた効果音を持って来てポンポン出しているのではなく、作品解釈まで話し合って意思の疎通を取らなければ効果音は一つも生まれないという事。

 そして、共演者と打ち合わせをするように音響さんと打ち合わせをする事で、自分の場面がどんどん膨らみ輝くのだと言う事。
「すごいもんですねぇ」とおっしゃる方もいますが、留学経験のある方は「ヨーロッパはこうだったなと思い出しました」とおっしゃって下さいます。

 そして皆さん異口同音に、「今まで効果音に気をとめた事はなかったし、言い方は悪いけど勝手に出してる、という感じでしたけど、今回、効果音は自分達の共演者、姿の見えない共演者なんだということを痛感しました」と言って下さいました。

 これが今回、この「魔笛」公演をやって一番良かったと思えた事で、これは私一人が孤軍奮闘してもこうはなりません。前回もお話した、私の長年の友人のマエストロ、M氏が、出演者に口で説明し態度で示しつづけて下さった、その賜物だと感謝しています。

 M氏は(M氏に限らず指揮者の方はみんなそうですが)稽古場で、延々何時間も指揮棒を降り続けます。身体を激しく揺さぶり、腕がちぎれる程ブンブン振り回し、怒鳴り、叫び、拳を振り回し突き上げ、オーケストラの演奏の音量に負けないくらいの声を出しながら指示を出し、ものすごい運動量です。稽古が一回終わると汗だくのヘトヘトです。

 本人は「オペラに関わる音楽家の中で、唯一音を出していないのが指揮者なんだよな」と謙遜しますが、とんでもない、一番激しい運動量をこなしているのが指揮者です。休憩時間になると滝のような汗をタオルで拭い、首と腕と肩と背中の筋肉がパンパンになるのでタイガーバームを塗っています。椅子に背中を丸めて座りながら首にタオルをかけ、汗を拭きながらスポーツドリンクを飲み、「バンテリンじゃもう効かないんだよ、これしかないね」と言いながらせわしなくタイガーバームを首にぬる様子はまるで試合中のボクサーのようです。その激しい動きに耐えて且つ動きやすいタキシードを特注でオーダーせねばならず、マエストロはタキシードを「戦闘服」あるいは「作業着」と呼んでいます。

 「大変だよねぇ」と、稽古の後、毎夜行われる、打ち合わせと称した飲み会の席で私が言うと、「石丸さんだっておんなじじゃないか。序曲からフィナーレまで出ずっぱりで音に演技をさせている。俺と一緒だよ」と言います。これが世辞やヨイショや気遣いではなく本気で思ってくれていると分かるからこそ、こちらもそれに応えようと本気で頑張る事が出来ます。

 「魔笛」はハチャメチャで楽しい作品です。どう演出してもOKの何でもありオペラです。でも、音楽は緻密この上なく、一歩踏み外しただけで簡単に壊れる難しいオペラです。ハチャメチャにしたいならどうハチャメチャにしたいのか、作品に負けないくらいの緻密な演出プランを用意して、胆を据えてハチャメチャをやらないと、只の悪ふざけ、破綻した台無しの公演になってしまう、とても怖い作品です。

 この作品に関わる度に「もっとこういう制御機器が開発されれば」「こういうことが出来る再生機器が登場すれば」と思う繰り返しです。その時その時代にまだ登場していない技術、機材を私のプランが求めてしまうのです。21世紀になっても、まだまだモーツァルトを超えられません。

 数年後、再びこの作品に挑みたいと思います。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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