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 今年はモーツァルト生誕250周年記念の年。

 それこそ世界中でモーツァルトに関するコンサートやオペラ、書物、CDの発表・発売の目白押しです。

 モーツァルトは35〜36才という若さで亡くなっていますから、あと35〜36年後には、今度は没後250周年記念がやってくる訳ですが、それにしましても、自分が舞台や劇場の音響の仕事に携わっている年月の間に訪れるモーツァルトのメモリアルイヤーは今年だけな訳です。200周年は今から50年前、300周年は今から50年後です。どちらもまだ生まれていなかったり、もうこの世にいないのですから、今年だけしかありません。

 その今年、モーツァルトのオペラ「魔笛」の音響デザインを頼まれましたのは、本当に大きな喜びでした。

 しかし、この「魔笛」という作品、実に色々なところで色々な方々の手によって上演されています。それだけ日本での「魔笛」の人気が高いのでしょう。

 オペラ公演を企画する方々も、「作品名で客を呼びたければ魔笛かカルメン」と口を揃えるくらいですから、オペラ人気とは言っても、それで実際に興行を成り立たせるのは大変なのです。

 それはオペラに限らずバレエや演劇も同じ事です。

 長い歴史の中で星の数ほどの舞台作品が作られては消えて行きますが、いつの時代にも変わらぬ人気を得る不滅のマスターピースというものは必ず存在し、それはほんの一握りのものでしかありませんが、だからこそ素晴しい貴重な作品であります。

 まぎれもなく「魔笛」はそのマスターピースの一つであり、他に舞台公演で何かないかと問われれば、私は個人的には演劇のジャンルからシェイクスピアの「真夏の夜の夢」を挙げます。

 こうお話してきますと、このモーツァルトの記念の年に、オペラ「魔笛」の音響を頼まれるというのは、本当に幸せな事で、将来、我が人生を振り返った時に、魔笛の稽古や本番の日々を思い出し幸せだったと感じることでしょう。

 この号が発売される頃には公演はもう終わってますが、これを書いています今は、正にその「魔笛」の稽古の真っ最中。

 この作品では、実に100発以上の雷を用意し、その中から指揮者のMさんとがっぷり四つで、60発を超える雷を選び出して組み合わせ、20近いキッカケで雷を作品の中で鳴らしています。

 指揮者のMさんは、このエッセイでも度々登場している私の長年の友人ですが、まー、雷の音色にこだわるこだわる。周りからは「石丸さんも一緒になって負けず劣らずこだわってますよ」と言われてしまいますが、例えば、「No.4のアリアの前の雷はこれとこれを組み合わせて使おう」と決めたとします。100発以上の雷を聴いて厳選した幾つかの雷です。そしてそれを、「この雷を3度キーを下げてよ」と言ってきます。稽古場で、その場でキーを3度下げて鳴らしてアリアのイントロに合わせてみると、「ピシィッ、ダダダダーン!」という雷の、最後の部分の「ダーン!」の音と、アリアのイントロの出だしの音程がピタリと合っていて、雷と音楽があたかも一つの曲であるかのように一体化した音のエネルギーになります。それをMさんは、こともなげにピタリと3度とか4度とかキーを言い当ててしまいます。

 Mさんはこの作品では他にも、「世界が崩壊していくような感じ」というような、こちらが「へ?」と思わず聞き返すような抽象的な、悪く言えばいーかげんな表現で効果音の注文をしてきます。どうもこちらがそれを聞いて一瞬あっけにとられるのを楽しんでいるらしくニヤニヤしています。

 そのニヤニヤ顔を見ると、「よーし、次の稽古でビックリさせて大喜びするようなのを作ってきてやろう」と燃えてきます。そして次の稽古の日、腕によりをかけて作って持って行った効果音をMさんが聴いて、目を大きく見開いて「いいねー、これいいねー!」という顔をみると、「よっしゃー!」と思わずガッツポーズが出てしまいます。この瞬間の気持ちを会心と言うのでしょうか、この快感は何ものにもかえられません。

 このMさんという指揮者とは、オペラにおける音響のあり方について、考えが全く同じなので、この人がオペラを手がける時は、仕事として引き受けるという気が全くしません。自分の持てるものを全て出して公演に参加したいという気持ちでやっています。

 思えばこのモーツァルト生誕250周年の今年、コンサートを聴きに行ったりオペラを見に行ったりすることは誰でも出来ます。歌手の方も、リサイタルを開いたりしてモーツァルトを選曲する事はそう困難ではありません。しかしオペラを上演するとなると、大変な人数と手間と時間が必要になります。そのオペラをこの記念の年に上演する側にいて、しかもこれだけ晴れ晴れとした気持ちで、創作することに没頭でき、またそうしたいと心から思える仲間と作品を上演出来るという事、そういう仲間がいるという事の幸せを、心から回りのみんなに感謝したい気持ちで一杯です。

 次号、この「魔笛」の稽古場でのソリスト達とのやりとりと、本番のお客様の反響をお話いたします。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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