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 オペラの佐賀公演のお話、2回目です。

 オーケストラが全員視覚障害者の方々で、3時間近い作品を全部楽譜を点字に起こし直した上で全曲暗譜なさるという御苦労、そして自身が楽器から大きな音を出しながら一方で指揮者の鼻息や棒を振っている時の衣擦れの音を頼りにタクトに合わせて全員が演奏をする。その微細な音を聞き分けるという凄まじい聴覚。
ましてやロマン派の作品、ビゼーの「カルメン。」

 指揮者のM氏も「モーツァルトならまだ何とかなると思うけど、カルメンだぜ!?ロマン派だぜ!?それでオケが全員目が見えない、う〜ん、大丈夫かなぁ」と唸ってました。

 更に追い打ちです。招聘元の意向もあって、通常オーケストラピットで演奏する筈のオケが、舞台下手の一角にオーケストラエリアを作り、視覚障害のオーケストラの演奏している姿を是非お客様にご覧頂きたい、ということに急遽なってしまいました。

 これについては演奏者からも異論は出ました。演奏で勝負しようとしているのに、「目が見えないのに演奏していてスゴイ」で拍手されるんでは、本質的ではない、見せ物みたいだ、という意見も出たのですが、チケットの販売や協賛の問題もあって、そうせざるを得なくなったようです。

 こうなるとまたM氏は指揮台から降りてきて頭を掻きむしりながら私のところへ来て、「どうしようかぁ。響きのイメージと、歌と演奏のバランスをどう構築したもんかねぇ。」と言いながら私の顔をじぃ〜っと覗き込みます。

 つまり、作品世界の解釈と、歌手や演奏家の手綱をとって最後まで走りきるのが自分の仕事だから、客席内の響き具合、聞こえ具合は任せたよ、というサインです。

 ボリス・ポクロフスキー氏も言ってましたし、ウィーンのシュターツオパーに訪問した際、そこのトーンマイスターも言ってましたが、それが本来の音響の仕事です。空間の響きのイメージをマエストロと共有出来て、それを具現化していくのが本当の音響の仕事であって、スピーカ積んだり、声が出ないソリストの尻を拭いてやるのが音響の仕事では断じてないのです。

 今回のこの問題に関しては、電気音響を使用せず、幕や反射板をあれこれして(具体的な手法については話が長くなりますので割愛します)何とか良いバランスを生み出すことが出来ました。このエッセイでも何度も申し上げていますが、効果が得られるのなら手段は問わない、電気を使おうと使わなかろうと、それがサウンドデザイン、ということです。電気の無いところでは仕事が出来ない、なんてそんなの音響さんじゃありません。電気がなくったって音響さんとして出来ることは山ほどあります。今回はそれを行いました。

 ただもう一つの問題、山のような量の効果音、こちらの方が今回は怖かったです。なにせオーケストラがみんな目が見えない分、異常に聴覚が研ぎ澄まされた人達ばかり。稽古を重ねてすっかり友達になってはいましたが、彼らが演奏しながら、作品世界の中で私の効果音を彼らがどう聴くのか、どう感じるのか、相手が相手だけに普段より緊張しました。

 効果音を舞台上のどこのスピーカから出すか、その活け殺しも、微細なフェーダータッチまで、彼らの耳は聴き分けてしまいます。今まで色々相手にしてきたいわゆる「音にうるさい俳優」とは、気を使う種類が違う、という感じです。

 ゲネプロが終わって彼らと雑談している時、彼らの方から「効果音、いいですねぇ、スゴイですねぇ」と言ってきてくれました。

 そう?と訊くと、「Mさんが効果音を好んで多用するという事は聞いてました。だから石丸さんを頼りにしてるって事も。私達は目が見えないから、舞台美術も照明も分からないし、でもやってみて、私達の演奏と、ソリストの方々の歌、これに石丸さんの効果音が加わると、私達のイメージの中に、パァーッと世界が出来るんです。音楽だけだった空間に、カルメンやドンホセが息づいてる世界が浮かんでくるんです。こういうオペラだったら、私達目の見えない人間でも、舞台美術や照明や衣装が見れなくても、すごくオペラを楽しめますね。」

 いやぁ、そう言って貰えて嬉しいなぁ、と答えると彼らは続けて、「石丸さんが効果音を出す時って、私達が演奏してるのと同じなんだな、って聴いてて感じましたよ。あぁこの人、声や楽器の代わりに効果音でプレイしてるんだ、私達と共演してる、セッションしてるんだっていうのが、聴いててビンビン伝わってきますよ。遠い音響室にいるのに、まるで舞台の上に一緒にいるようで。」

 いや、参りました。たった今彼らに言われた通りのことを20年前、師匠に教わり想い続けて仕事をしてきましたが、そこに気付く目の見える俳優・歌手・ミュージシャンが一体何人いたことか。10人もいなかったでしょう。

 公演は大成功に終わり、終了後のレセプションでは早々に来年も佐賀に招聘していただける事が決定しました。来年は「魔笛」です。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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