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 佐賀県までオペラの公演に行ってきました。

 出し物は「カルメン」。今年の夏、東京で上演したものを持っていきました。

 指揮者はいつも組んでいるM氏。この人ともう9年、いろいろなオペラを手掛けてきましたが、オペラに於ける演出としての電気音響、という点について私の考えと一致している方で、積極的に電気音響を用いようとなさる反面、要求は回を重ねる事に高くなり、この人と仕事をするときは、私も気合いが入ります。

 オペラに於ける電気音響については、このエッセイの05年3月号でも御紹介ししたボリス・ポクロフスキー氏の言葉をここで改めて引用してみましょう。
「電気音響はオペラにとって、とても有効な演出効果だと思っている。これはショスタコービッチも同じ考えだった。実際に彼の作品には、演出の目的でマイクを通した歌を聴かせると指定された箇所があるんだ。また効果音というのは、オペラの世界に奥行きを与え、演出家のイメージの具現化に大きな力を与えてくれる。モーツァルトの時代に電気音響があったら、彼は大喜びで多用しただろうと、バーンスタインも常々言っていた。

 ただ、特定の演出のない、ただの拡声の目的でマイクを使うことは、オペラの本質を否定してしまうことだ。それはしてはいけない。安易にそれをしてしまうと、それが理由でオペラから電気音響がオミットされてしまう危険をはらんでいると私は思う。」

 私も他のオペラ公演で、歌手がホールの大きさに不安がっているから歌をPAしてくれ、ただしPAしていると気付かれないようにしてくれ、と頼まれることがしばしばあります。或いは、歌手や演奏者が下手だから上手く聞こえるように響かせてくれ、とか。そういう主催者は、絶対に音響というセクションの存在を認めません。こちらがどんなに要望に応えようとも無駄なのです。こちらには手を合わせて「頼むよ〜、何とかしてくれ」とお願いしておいて、お客様や関係者には胸を張って「PA?とんでもない、使ってませんよそんなもの」と答えます。

 自分の仕事を「そんなもん」と言われて、唯々諾々とやってられますか?これでは音響というセクションは何時までたっても鬼っ子扱い、ステイタスもギャラも上がりません。

 ですから私はそういうオペラ団体とは全部手を切りましたし、M氏と初めて仕事をすることになった9年前にも、こちらの考えとスタンス、そのバックボーンを話して、意見の一致を見たのでずっと付き合っています。歌や演奏のPAをしたこともありますが、それは明確な作品解釈上の演出からのもので、私も「それは上手いアイディアだ」と喜んで行ったものです。

 そのM氏、公演の度にこちらがビックリするような相談事を持ちかけてくるのですが、今回、カルメンの佐賀公演の稽古に入る一ヶ月ほど前。
 また今回も相談事がある、と、呼ばれて出かけていったレストランでM氏、
「今度の佐賀でのカルメンさぁ、オーケストラが全員、目が見えないんだよ。」
 はぁぁぁぁ!?
「視覚障害者で構成されているオーケストラなんだ。演奏は上手いんだよ。でも、ただ演奏するだけのコンサートじゃなくて、オペラとなるとなぁ。」
 いやいやいやいや、ちょっと待ってその前に。そのオーケストラの人達、指揮棒見れないじゃん。Mさんどうすんの。
「それがさあ、会って一度一緒に演奏してみて、あの人達スゴイんだよ。俺の鼻息、俺の指揮棒振ってる時の衣擦れの音、それで合わせちゃうんだよなぁ。自分達も楽器から大きい音出してるのにさぁ。だから指揮自体は問題ない。出演する歌手達は俺の棒を見て、オーケストラは俺の鼻息と衣擦れ聴いて、全部合わせられるんだ。」

 前代未聞ですこんなオペラ。そのオーケストラの人達も、「自分たちは目が見えない分、聴覚がものすごく冴えちゃうんです」とサラッと笑って言ってますが、その陰にある御苦労は、とてもとても、並大抵のことではありません。3時間近くあるオペラを、楽譜を全部点字に起こし直し、でもその楽譜を見ながら本番をやるわけにはいかないので、全曲暗譜です。想像を絶する世界、もしこのエッセイを目が見える演奏家がお読みになったら、その御苦労がどれだけすさまじいものか、一発で御理解いただけるでしょう。

 「そういう訳で、演奏し歌うことに限って言えば問題ないんだ。ただそれで舞台に乗るとなると、いろんな不都合や問題が起きるだろうし、何より客席でどう聞こえるのか、僕もチェックするが今回は前例の無い試みで、歌手やオケをまとめる方にエネルギーを取られるだろう。客席での聞こえ方響き方は、いつも石丸ちゃんに任せてるけど、今回も信頼してるから、頼むね。そうそう、効果音も山ほどあるけどさ。」

 おぉ、任しとけ!という思いと、大丈夫かなぁ?という不安をシャンパンで飲み下す、いつものことです。
「大丈夫だよMさん。いい佐賀公演にしようね。」
と言ったはいいがどうなる佐賀!以下次号。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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