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 3回連続でお送りしてきました、オペラ公演「カルメン」今回が最終回です。

 今年8月に東京にて上演したこのオペラを、現在、11月の下旬に佐賀県にて上演するため、準備と稽古に取りかかっているところです。

 この本がお手元に届くちょうどそのころ、私は佐賀県にいることになるでしょう。

 カルメンは珍しくメゾソプラノが主役の作品です。

 日本人は全体に声が低いので、日本人にはもってこいの作品と言えましょう。

 日本人のソプラノ歌手と言っても、欧米人のそれに比べると、音域が低く、スーパーハイな音程は歌うのが難しいのが現実です。

 女性に限らず男性も、そしてオペラに限らず全体に日本人は声が低いようです。昔の映画「007は二度死ぬ」に於いて、出演していた丹波哲郎さんが、制作側の予想を超えて声が低く、これはこれで本来とても魅力的なのですが、主役のショーン・コネリーとの会話のシーンでは、ショーン・コネリーの方が中途半端に声が高い印象を受けることになってしまい、諜報部員ジェームズ・ボンドのイメージが損なわれるということで、丹波哲郎さんの声を、吹き替えで、ご本人よりも高い声に差し替えてしまったそうです。

 丹波哲郎さんご自身は吹き替えの必要がないほど流暢に英語を喋られる、当時としては大変貴重な俳優さんだったのに、声の低さで、しかもそれは欠点ではなくむしろ魅力なのに、吹き替えを使われてしまったということで、大変残念がっていらっしゃいました。

 我々日本人からすれば、我々が普通に感じますので、逆に外国人の男性が、驚くらい声が高いと感じることの方が多いです。

 これは、狩猟民族と農耕民族の違いだろうという話を聴いたことがあります。
 遠くへ声を伝達する必要のある狩猟民族と、その必要もなく、ましてや海で隔絶されて危険な猛獣もいない日本人との違い、だということです。

 必要がないから声は高くならない。この、風土や気候や自然が言語や文化に与える影響は大きく、例えばロシア語や日本の東北弁などは、寒い風土の中で、声を張らず口も大きく開けずに喋れる言語として出来上がったと言われています。

 話をカルメンに戻しましょう。今回の公演もいつもと同じく、マエストロの要望で、普通のストレートプレイの演劇より多いんじゃないか、というくらいの沢山の量の効果音を使用しています。

 その中でも特に苦労した効果音がありました。
 終幕、闘牛場の外でのカルメンとドン・ホセの二人のシーン。いよいよカルメンがドン・ホセに殺される、そこに至るまでの二人の激しい情熱のぶつかり合いのデュエットがあります。。そこの、二人の歌の間の、闘牛士のテーマが断続的に現れるフレーズ、影コーラスが大合唱で闘牛場の興奮を場外に伝えるところに、コロシアムの大歓声を流して欲しいという要望を受けました。

 闘牛場内の大群衆の興奮と場外の二人という対比、闘牛士の勝利の歓喜と場外でのカルメンの殺害という対比、そしてそれは単なる対比だけではなく、殺害という一種の興奮状態のシンクロでもあり、殺すことによってカルメンを自分だけのものにしたいというドン・ホセの一瞬だけの勝利とのシンクロでもあります。勿論それは瞬時に後悔と哀しみに変わってしまうのですが。

 それを際立たせるための大歓声の効果音です。

 ただでさえオペラで劇中に効果音を出すのは、効果音の作成段階から再生方法に至るまで繊細な注意を必要とします。通常のストレートプレイのように、どーんと大音量で行くところはどーんと行ってまえ〜、というような訳には行きません。

 ましてや、歌のバックに声の効果音、しかもオペラ、この扱いは大変です。音色に関しては稽古場で、聞こえ方に関しては会場に入ってから、ずっと苦労しましたが、マエストロとのコミュニケーションがスムーズだったのと、マエストロと私のベクトルの向きが一緒だったので、おかげさまでいい結果を出すことが出来ました。

 今回のオペラ公演では、今回3ヶ月連続でお話した来たように、言葉、声ということを色々と改めて考え直す公演になりました。それは私にとっては、音の原点を見つめ直す作業でもあり、とても良かったと思っています。

 もうすぐ佐賀公演です。会場が変われば響きが変わる。響きが変わればデザインも考え直さなければなりません。その大変さが、今はとても楽しみです。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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