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 前回から続いてオペラ「カルメン」公演の第2弾です。

 今回のカルメンは日本語での上演となった訳ですが、オペラを日本語で上演することに関しては、否定的な意見をおっしゃられる方々も少なからずいらっしゃいます。

 曰く、「作品というものはそれが作られた時の言語まで含めて作品なのだ。言語の音の響きや韻の踏み方だけでなく、その言語が含有する微妙なニュアンスまで翻訳することは出来ない。だから原語で上演してこそ、その作品の本質に触れることが出来るのだ。」

 この意見は正しいと私も思います。このエッセイでも度々申し上げている通り、言葉は文化だというスタンスを取っている私には、この意見は十分納得できます。

 それを踏まえて考えてみますと、ですがしかし、筋立ても台詞や歌の意味も分からずに観て聴いていて、果たして作品世界に感情移入出来るのか、という問題が出てきます。

 近年は舞台公演に於いての字幕も普遍的なものとなり、原語で上演されながら意味も分かる、という工夫がされています。ではこれで問題解決かというと、これが結構難しいのです。

 映画で字幕というのは当たり前です。ではそれが何故舞台公演だと難しいのでしょう。それは、舞台公演が、生のもので、生身の出演者が舞台に己れを晒す、リアルタイムで時間と空間を共有するものだから、としか申し上げようがありません。

 映画は役者も字幕も揃ってスクリーンの中です。だからしっくり来るのでしょう。舞台は字幕が出るだけで全てが嘘くさくなってしまうのです。目の前で展開される絵空事がただの絵空事になってしまうのです。感情移入し没頭し、しばし夢の世界にトリップする、という舞台空間とお客様との遮蔽物になってしまい、我に返ってしまうのです。魔法が効かなくなってしまうのです。

 外国のカンパニーの来日公演は字幕を使う他はありません。日本人が上演する場合、原語も日本語翻訳公演も、どっちもあっていいのではないか、と私は思うのです。

 友人が冗談混じりに、「俺達は映画を見て感動したとか言うけれど、映画に感動してんじゃなくって戸田奈津子に感動してんだよな」と言いましたが、本当に、翻訳家の方々には頭が下がりますし、字幕ではなく舞台の台詞や歌を翻訳される方々のご苦労は察するにあまりありますし、それだけ尊敬いたします。

 ご高名な小田島雄二先生が翻訳されるシェイクスピアは、日本語に変換した後の韻の踏み方に気を配られ、原語独特のリズムをそのまま再現できない代わりに日本語が美しく心地よく聞こえる七五調を多用され、小田島先生の翻訳台本は役者が声に出して心地よく、観客が聴いていて心地よい、素晴らしい翻訳です。

 ミュージカルについても同じことが言えます。今年の春から夏にかけて、有名なミュージカルを3本、客の立場で客席で観て聴いてきましたが、翻訳者の腕前によって作品の出来栄えが大きく左右されてしまうのだな、ということを痛感いたしました。

 原語の歌で声を張って長く伸ばすフレーズのところで、原語での歌がそのフレーズだと何の母音で張っているか、それを同じ母音の日本語に置き換えたり、原語での歯切れやテンポの良さを活かせる日本語に置き換えたり、そのために多少の意訳をしたりと、言葉を翻訳するというよりは、ニュアンスを翻訳すると言うべきものになっていると、歌と日本語と作品がしっくり馴染んで、心を打ち耳に残るミュージカルとなります。その辺の詰めが甘いと、世界的にも有名な素晴らしい作品も、何じゃこりゃ?となってしまって興ざめになってしまいます。気持ちが世界の中へ入っていかれないのです。

 今回のオペラ「カルメン」では、翻訳自体が古いので、現代日本人が聴いていると何だか妙な感じがしてしまい、一部を指揮者と演出家が苦心して訳し直していました。この問題はまだまだ課題の残るものであり、指揮者も演出家も今回の改訂で良しとしている訳ではありません。でも、そういう問題に手を付けず、昔のエライ先生の翻訳を金科玉条のように有り難がってアンタッチャブルにしてしまい、そのままでいるよりはずっといいと思います。

 話は戻りますが、字幕も、翻訳という作業は同じで、目で見るか耳で聴くかの違いです。でもこの字幕というもの、自国の文字の識字率が9割を超えていて、単独言語で統一されている日本では当たり前ですが、世界全体でみると実は割合としては少ないそうです。自分の国の文字が読めない人が多い国も沢山あり、吹き替えが当たり前という国の方が実は多く、そのためハリウッドで世界配給を視野に入れた作品では、はじめから台詞は全てアフレコ、台詞トラックが独立しているという制作なのだそうです。

 ちょっとビックリ、ですね。

 次回、オペラ「カルメン」本番です。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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