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 連続5回に渡ってご案内して来たヴェネツィア旅行記、今回が最後です。

 中世で時間が止まっているヴェネツィアの街中は、車も進入禁止ですし、ガタガタの石畳で自転車も思うように通れません。

 人がすれ違うのがやっとの広さ、これが中央の繁華街です。道を挟んで立ち並ぶ建物は細長く、ですから道路、というよりは通路ですが、日が差し込んできません。本当に、ロールプレイングゲームやファンタジー映画の世界そのままです。

 夜になると、現代の街並みのように街灯が煌々と照っている訳もなく、夜の闇に溶け込んだ街の、ところどころに浮かび上がる窓の漏れ灯が、赤く淡くぼんやりと、薄暗く建物や石畳を照らし、それが一層、闇の深さを際立たせます。

 なるほどこれが中世の街の夜の暗さであり、細長い建物に細い路地では、月の光も届かず、ただ闇であるのだな、と実感します。すれ違う人の顔は殆ど分からず、路地の向こうから誰か来ると、コツーンコツーンと靴音が、石畳や回りの建物に響いて、普通の街では考えられない程のリヴァーヴタイムで聞こえ、壁に長く長く人の影が伸びて映ります。

 う〜む。これは怖い。中世のイタリアの、メディチ家やボルジア家の、主命を帯びた暗殺者が歩いたのは斯くの如きか、はたまたサリエリがモーツァルト宅へレクイエムを依頼しに夜を馳せたのもこんな感じか、と、怖がりのくせに怖い物好きな私の妄想は、ヴェネツィアじゅうを駆け回ります。

 こんな暗さでは、顔も誰とは分からないような夜に、すれ違うのも肩が当たるような路地で、誰とも分からない通りすがりに、すれ違い様にナイフで刺されたり、あるいはすれ違い様にいきなり抱きすくめられて唇を奪われようと、すべては闇の中、と、妄想は物語に姿を変えてどんどん膨れ上がっていきます。

 そんなヴェネツィアの夜の街で靴音は、建物に響いて反射して上から降るように聞こえてきます。

 この聞こえ方を、私は記憶しておこうと思うのです。
 そして運河。ヴェネツィアは街中に張り巡らすように、運河が流れています。路地の代わりに運河です。

 太く大きな運河もあれば、小さなボート一艘が通るのもやっと、というような運河もあります。

 夜、ヴェネツィアの街は、その運河がたてるザパッ、ザパッ、ピチャッ、ピチャッという波の音で、結構騒がしいです。寝静まった深夜は特によく聞こえます。

 この音が、先にお話したような靴音と同じく、街の中を響いて反射して聞こえてくるのです。

 細い運河が張り巡らされた、と言えば、江戸時代の本所も同じです。時代劇で、舞台が本所界隈だった場合、夜の静けさを表す音として、運河に繋がれて浮かんだ猪牙船の、船べりに当たる波の音が、タプン、タプンと密やかに聞こえるというのがあります。

 何故ヴェネツィアや本所でこのような音を聞くかというと、満潮干潮によって水位が上下することによります。同じ運河の街でも、至る所に水門を設けて塞き止めて、水位を人間がコントロールしているアムステルダムでは、長期滞在していた間ただの一度も聴くことはありませんでした。運河の水は、常に静止して澱んでいました。

 本所とヴェネツィアの違いは、その運河の波の音が、響いて聞こえるかそうでないか、というところです。

 二つの街の、気候と建築文化の違いから来る音の聞こえ方の違い、それがその街の、その街らしさを端的に表現できる音として、私は記憶しておこうと思うのです。

 深夜、運河の水位が満潮で上がってくると、運河の波の音は大きく激しくなっていきます。ザブーン、ドボーンという波の音が、夜の街に響いて、街の中に満ちていきます。その不気味なこと、恐ろしいこと、まるでこの街が沈んでしまうのではないかとさえ思ってしまうような、こんな音をヴェネツィアの人達は何百年も、聴いてきたのだなぁ、と思うと、このメンタリティー、この音が人々に与える心理的影響を考慮せずにヴェネツィア文化は理解できないのではないかと思います。

 繁栄の時でも、常に滅びに対する漠然とした不安を払拭しきれない、そんな儚げな美しさの都、ヴェネツィア。思えばヴェネツィアに到着したその夜、海から船でサンマルコ広場の桟橋に上陸した折り、夜の闇と海の漆黒の真ん中に、ポッカリと夢のように幻のように浮かび上がって見えたヴェネツィアは、その姿それそのものが、ヴェネツィアというものを語ってくれていたのでしょう。

 そしていつか、この都が、本当に夢のように幻のように消えて無くなる時、その時はこの都は、海の中でも光の中でもなく、闇の中に、溶けるように消えていくのでしょう。

 ヴェネツィアを訪れて、滞在して帰る時、足を止めて振り返ってみて下さい。さっきまで確かに自分がいたヴェネツィアは、跡形もなく消えてなくなって、そこには海が広がっているだけかも知れません。貴方が訪れたヴェネツィアは、幻の都だったのかも知れません。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)


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