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 ヴェネツィア旅行記の3回目、今回はフェニーチェ劇場について。

 この劇場はヴィヴァルディが初代音楽監督を務めた大変歴史の古いオペラ劇場です。恐らくヨーロッパの歌劇場の中でも1、2を争う古さではないでしょうか。

 また「椿姫」の初演の劇場としても有名です。

 この劇場はまた、非常に因縁めいた歴史を持っています。この劇場をフェニーチェ劇場と名付けた人は、その後数百年に及ぶこの劇場の歴史を知れば、その名を付けたことを後悔するかも知れません。

 フェニーチェとは英語でフェニックス、不死鳥のことです。言ってみればフェニックス劇場、不死鳥劇場ということになりましょうか。

 このフェニーチェ劇場は誕生以来、その名前にふさわしく、何度も火災による焼失の憂き目にあってきました。そしてその度、不死鳥のごとく甦ってきたのです。最後の焼失は今から9年前の1996年。最近の話です。その後8年間のブランクがあって昨年、2004年に再開の運びとなりました。

 新築のオペラ劇場、しかも由緒ある本場のオペラ劇場を、舞台人として劇場人として、新築のあいだに是非とも見たい、こんなチャンスはめったにない、それが今回の私のフェニーチェ劇場訪問の理由です。

 フェニックスは世界中どこにでも伝説が残っている架空の動物です。不死鳥は死期が近づくと、自ら焔の中に身を投じ、燃え盛る火の中から新たに生まれ変わって現れる、そうやって永遠の命を繋いでいく動物とされています。

 ユニコーンも同じ架空の動物ですがアジアにその伝説はありません。ドラゴンは洋の東西を問わず伝説が残っていますが、東洋の竜が神様の使いで天を覆わんばかりの巨大な生き物であるのに対し西洋の竜はただのトカゲです。

 ところが不死鳥、フェニックス、火の鳥に関してはヨーロッパもアジアも伝説の形に違いがありません。

 その鳥の生き血を飲めば永遠の命を得るという不老不死への憧憬と、鳥という人間にとってスピリチュアルなイメージを持つ生き物としての空想は、もうその設定だけで十分人々を満足させるに足るものだったのかも知れません。ですから、それ以上の余計な補足がつかなかったのかも知れないな、と勝手に推測しています。

 ただ、その姿なのですが。

 ヨーロッパのキリスト教文化は、人間が神様の生き写しであり、すべての動物の上に人間が君臨するとされ、神様は只一つ、という宗教観に立脚しています。そのため空想の動物はすべてモンスター、怪物です。

 一方アジアは、人間も動物もすべて等しく、命は輪廻転生であり、人間が植物や動物に生まれ変わるという考え方です。そして森羅万象それぞれに神様が存在し、その神様は大概、動物の姿をして人間の前に現出します。

 ですからアジアの色々な神様や神様の使いは、えてして神々しいアレンジが加えられた動物の姿をしています。鳳凰は火の鳥フェニックスのスピンアウトですから、鳥と言ってもかなり神々しい、現実にはいそうにない、リアルではないファンタジックな姿です。

 ではヨーロッパのフェニックスはどうなのか。フェニーチェ劇場ならきっと不死鳥の像があるに違いないと、それをとても楽しみにしていました。そして案の定、エントランスを入った客席ロビーに、不死鳥の像がありました。

 アホウ鳥でした。

 焔の中から飛び立つ不死鳥、と説明されたその真っ白な巨大な像は、どうみても巣から飛び立とうとしてジタバタしているアホウ鳥にしか見えません。

 「おいこりゃアホウ鳥だよ。うわぁでっけぇアホウ鳥だなぁ。ヴェネツィアは海が近いから火の鳥もアホウ鳥になっちゃうのかね。平等院の鳳凰とはエライ違いだなぁ。」その日の劇場見学ツアーが、フランス人の団体さんと一緒にされたため、回りに日本語が通じないのをいいことに大きな声で言っていたら同行の者に思い切り腕をつねりあげられました。

 場内は壮麗というよりは、ウィーンのシュターツオパーやパリのオペラ座に比べると、絢爛豪華でありながらどこか小振りで華奢な、可愛らしい印象の劇場です。これは、劇場の設立された時代が古く、その時代の都市人口の違いからくるものでしょう。劇場は都市の膨張に合わせて巨大化してきたのです。

 むしろこの劇場の、ヴェネツィアならではの特色としては、運河に面した搬入口です。昔は運河に面して正面玄関があり、お客さんはゴンドラで劇場に乗り込んだそうですから素敵です。ヴェネツィアは車の乗り入れが禁止ですから舞台装置などの大きな物の運搬は船に頼ります。ヴェネツィアの街を歩いていると、運河で、劇場の舞台スタッフのジャンパーを着た人達が舞台装置を載せた船に同乗しているのに出くわしました。運河の水位が上がると、橋との間隔が狭くなり、舞台装置を載せて橋をくぐるのが一苦労のようでした。

 次回、テアトロ・オリンピコを御紹介します。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)

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