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 ヴェネツィア旅行記の2回目です。

 以前パリに行った時もそうだったのですが、彼の地の朝ご飯というのはとてもシンプルで、カフェオレにパンだけ、もし欲しかったらチーズとハムがちょこっと、といった感じで、これはヨーロッパに旅行や出張で行かれた方は皆さん体験なさっていらっしゃるでしょう。恐らく日本の朝ご飯が一番豪勢なのではないでしょうか。これはとりもなおさず、日本の御家庭の奥様方の力に負うところ大なのであり、食事に限らず日本のトラディショナルを一つ一つ検証していくと、日本の文化、日本の社会は、どんなに男性が威張りかえってみたところで女性に支えられている女性型文化、女性型社会であることは明らかなのですが、その話はまた別の機会に。

 ともあれ、パリでも経験したそのシンプルな朝ご飯。ヴェネツィアでも同じなのですが、ではシンプルだから質素なのかと言えばこれが逆で。

 カフェオレはカフェとミルクが別々のポットで供され、好みの濃さで頂けます。そのカフェが濃いこと、ミルクが濃いこと。

 パンもチーズもハムもジュースも同じです。みんな味が濃厚で、豊かな味がします。蜂蜜もビックリするほど濃厚な味がします。豊穰な作物の実りの味とはこういうことかと実感させられます。

 食べ物を食べている、作物を食べている、肉を噛みしめている、野菜をかじっているということを、1口1口、口腔で満喫し、飲み下していく時、自分がモノを食べて生きているのだということを、体内を流れる血が実感している感触があるのです。

 ああ、なるほどこれが人間の実感であり、これならなるほど収穫祭や感謝祭という言葉もリアリティがある、と、食べるほどに飲むほどに思い知らされます。

 日本で買って家で食べている肉や野菜やパンやミルクや蜂蜜との違いは、そう、製品と作物の違い、と言ったら分かりやすいでしょうか。

 そういう訳で、シンプルなのですがとても豊かな朝食を、ヴェネツィアでは毎日享受していました。

 無論、日本でこれが出来ないという訳ではありません。ただ、一体いくらかかるんでしょう。

 一流レストランや一流ホテル、名だたる料亭の朝ご飯ではなく、ありふれた街角のカフェやレストランや御家庭で、これが出来るのかと言えば残念ながらNOと言うしかないのが現状です。普通の家庭の家計費で買える食材は、結局、製品であって作物ではないのだ、ということを、認めざるを得ないのです。

 日本は、供給量と価格の安定を計り、安全性を確保するために基準を設け、それをクリアーしていく過程で、作物がだんだんと製品へ変わっていったのでしょう。

 イタリアは食物の自給率が非常に高い国です。そして、近代にイタリアという一つの国にまとまるまで、小さな小国が群れていたところです。

 頑固に自分たちのライフスタイルやトラディショナルを崩さずに堅持する国民性です。

 毎朝、決まった時間に決まったカフェで同じカフェを頼む。隣町に新しいカフェが出来たからと言って出かけようとはしない。ここのカフェで何が悪いんだと笑う。こういう、全てが凝縮された有り様が、食べ物の味となって象徴されているのだと思います。

 そんなイタリアにも、グローバリゼーションの波が押し寄せています。

 EU統合によって、食物の安全基準がドイツなどによって声高に提唱されると、イタリアのような、いわゆる御近所の味、カフェやレストランの郷土の味、マンマの味、といったものは、今まで御近所や御町内ではオッケーだったものが、EUの食物の安全基準に照らすとダメということになり、昔ながらの郷土の味わいというものが、消滅の危機に瀕しています。

 安全基準をクリアーしないから安全ではない、という訳では全くないのです。安全基準というのは現在、自己責任を負いたくない人々からの責任の押し付けをかわすためのものになりかけてしまっているというネガティヴで馬鹿馬鹿しい一面を持ち始めている傾向があります。

 それが破壊してしまうのは、文化です。

 グローバリゼーションは個々の国や地域の文化を駆逐し破壊する、と数年前にフランスがアメリカを牽制したことがありました。その時日本は唯々諾々と従って、あたかもグローバリゼーションが全世界的風潮であり正義であるような扱いで報道されていましたが。

 食事はエサの摂取ではありません。

 食事は文化です。

 家畜小屋で一列に並んで安全基準をクリアーした合成飼料を黙々と食んでいる家畜の映像、あれが我が国、我々の姿で、草原で虫や泥のついた生きている牧草を自由に歩き回って食べている家畜がイタリアの姿だとしたら。

 次回、ヴェネツィアの不死鳥、フェニーチェ劇場を御案内いたします。
 

(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)
 

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