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 着物の話、もう3回目を迎えました。

 これだけ書いても話題が尽きないというのは、やはりそれだけの長い時間、歴史が蓄積されているからであり、着物を扱うだけで何冊も本が書けてしまうくらいのジャンルですから、思えばこういうエッセイで軽々しく駆け足で扱っていいようなものではないのかも知れません。

 しかしながら、有り難いことに「面白いよ着物の話」と読者の方々からお声を頂いていることもあり、すっかり図に乗りまして(笑)なるべく音や舞台の話とリンクさせながら、3回目をお送りする次第です。

 この本がお手元に届くころは年末、もうすぐお正月で、着物を着る機会、着物姿を街中で見かける機会が多い季節です。

 着物の話の1回目にも書きましたが、外国の人から見れば、ボタンもファスナーもフックもない大小幅広幅狭取り混ぜた複数の生地を様々なテクニックで複雑に巻き付け、いつの間にか法則性に乗っ取った着付けが終わっている、こんなファンタスティックな服飾文化は世界にも他に例を見ない訳で、大喜びな訳です。

 もちろん世界中どこにも民族衣装はあります。しかし日本の着物の場合は、歴史の遺産と文化の伝承として着物が生き残っているわけではなく、その有り様、その本質が現在においても有効であるから「活きて」いる、という点が他国の民族衣装と大きく異なるところです。

 一般に着物は非活動的な服装だと思われています。

 現代社会にはそぐわない、動きにくい服装だと、貴方も思っていませんか?

 きちんと着ていれば激しく動いても着崩れたりしません。スーツの方がよっぽどヨレヨレになってしまいます。

 それ以上に激しく速く動くにはどうかって?

 そんなに急ぐ必要が、本当にあるのですか?

 着物で十分テキパキ動けますし、着物でテキパキ動ける範囲内のスピードが、人間の営みのスピードの範囲だ、ということです。それ以上速く動いたって働いたって、それは便利かもしれませんが豊かとは言えないでしょうし、ましてや幸せかどうかとは別問題です。

 それに、もうひとつ。

 着物を着ていくその順序、段取りの中で、着ている人は、その着物を着る目的に向かって、心の準備を無意識のうちにしているのです。

 着物とは言えないかもしれませんが黒子の衣装。

 通常の、頭巾に着物に手甲脚半、という姿ではなく、劇場の紋を付けた着物に袴をはいてお客様の前に登場する時。本来お客様に姿を見せない舞台さんが敢えてお客様の前に姿を見せる時、例えば揚げ幕から花道に出て花道に所作を引く時などですが、普段は歌舞伎役者が揚げ幕からの登場の出番を待っている所で、鏡で姿を改め、着物を整え、髪を櫛でビシッと撫で付けて、鏡の中の自分に向かって「ヨシッ」と気合いを入れて、花道に出ていきます。

 先日、妻とパーティーに招かれて出掛けました時に、妻は着物を自分で着付けて出掛けたのですが、着物を着ることにコンセントレーションを高めていくことで、これから出かけることへの心の準備が着付けと共に出来上がっていき、着物の着こなしに必要な、程よい緊張感と気合いと姿勢が整えられて行っているように見えました。

 私が存じ上げている舞台音響の大先輩の方は、大昔、その方が20代の頃、初めて時代劇の音響を担当することになり、自分も成りきろうと、着物を着てたすき掛けでテレコを叩き、フェーダーを握ったことがあるそうです。

 オペしにくいんじゃないかって?いえいえ。
袖が引っつれる長袖シャツよりもよっぽどオペしやすいそうですよ。

 着物を着て動きにくいのは、自分の姿勢が悪いからです。着物を着るということは、着物を着るに足る自分を作るということです。

 これこそが、私が今改めて着物に感嘆し、敬意を払う何よりのポイントであり、これあるからこそ、冒頭で申し上げた、歴史の遺産と文化の伝承として着物が生き残っているわけではなく、その有り様、その本質が現在においても有効であるから「活きて」いる、という点が他国の民族衣装と大きく異なるところだと申し上げる訳なのです。


 この原稿を書いている最中、舞台俳優の島田正吾先生の訃報が届きました。島田先生は私が新橋演舞場で音響オペレータを勤めていた頃、同じ東横線の都立大学駅から東銀座駅まで何度も御一緒し、ひ孫くらいの年の差のある私を相手にいろんな往年のお話をして下さいました。そして、新国劇や新派、松竹新喜劇への客演、市川猿之助丈のスーパー歌舞伎ヤマトタケルへの出演、沢山の舞台を御一緒させていただいた頃は私の大切な財産です。

 駆け出しのペーペーの私を申し訳ないほど可愛がって下さいました。本当に有り難うございました。

 合掌。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)

 

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