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 着物の話、今回は二回目です。

 舞台の人間として、音響の人間として、着物について教わり、いろいろ知ってきますと、改めて感心させられますのは、着物の本質が、「理にかなう」というところにある、という事です。

 一見、非活動的で、手間も段取りも大変そうですが、着る側がきちんとしていれば、激しい動きにも着崩れず、手間も段取りも、考えてみれば本来、どんなものにでもある踏まえなければならないもので、手間や段取りの無いものなんて、日々の生活の中に何一つ無いのです。

 本来ファッションとは、自分がどういう人間であるのかを相手に表すと同時に、相手に礼を尽くし、相手が不快な思いをしないようにと気配るというところから原点として始まったはずです。

 これは、音響デザインと全く同じです。

 それが昨今では、片方の自己表現の側ばかりが突出し、こんな格好で出かけていったら、こんな音を聞かせたら、相手はどう思うだろうか、という、もう片方が欠落してしまっています。

 これが俺のファッションだと言ってどこへでもTシャツにGパンでいいわけがありませんし、俺は俺はと自己満足の作品や音や映像を押し付けられてはたまったものではありません。

 会社のCEOがプレゼンの壇上にトレーナーにGパンで登場し、カジュアルとかフレンドリーとか好意的に受け取られるのも、あれも厳然とした演出であり戦略なのであって、だからと言って正装を指定されたオペラにビジネススーツで行ったら白い眼で見られますし、ジャケット着用のレストランに短パンビーチサンダルで乗り込んでいって、他のお客さんに不快な思いをさせる権利は誰も持っていません。お客さん全員の勘定を持つのなら話は別ですが。

 例えば帯。貝の口という結び方で人物が舞台に登場すると、それが裕福であっても貧乏であっても、職人系の人物だということがそれだけで説明できます。

 片ばさみという結び方は武士の結び方で、同じ武士でも浪人はあまりしません。この結び方は、腰に刀を差せば、動けば動くほどどんどん締まっていって緩まない、という、先人の知恵と工夫が込められています。

 帯は、右巻きと左巻きがあって、江戸前と上方で変わります。人物がどんな巻き方をしているかで、台詞でいちいち説明しなくとも、帯がその人物の人となりを、みんな説明してくれます。

 小池一夫氏原作、田村正和さん主演の人気時代劇、「乾いて候」の第一幕第二場、主役の腕下主水(かいなげもんど)の登場のシーン、いったん暗転していく中で、腕下主水を暗殺せんとする忍びの者たちの声だけが場内に流れます。
「来た…来た…来た!綸子の着流し、裳着の肌着、大津石割の雪駄、献上博多の角帯、あれはまさしく…腕下主水!」その瞬間、溢れんばかりのテーマ音楽が鳴り響き、1条のスポットが大階段の最上段に立つ田村正和さんを射るように照らし出します。着物の描写の台詞が田村正和さんの美しさを更に引き立たせて、お客様大興奮の、超カッコイイ登場の瞬間です。

 効果音も同じです。クマゼミが鳴けば、夏の盛りの、関西の、午前中ということが、舞台装置や照明や台詞が無くてもクマゼミの一声で説明が出来てしまいます。

 このように、私達が扱う効果音も、登場人物が身に付けている着物も、舞台上に現出しただけで、多くの情報とメッセージを込めることが出来るのです。

 また、着物の素晴らしいところは、どうしてそうなるのか、というこちらの疑問に対し、こういう訳だからです、と、きちんと明快な理由が返ってくることです。やたらめったら面倒くさそうな着付けにしても、何故そこで結ぶのか、何故そこに紐を通すのか、何故そういう結び方をするのか、質問をすれば全部明確な答えが返ってきて、何一つ無駄なことはしていないということが納得させられるのです。

 私が冒頭で申し上げた「理にかなっている」というのは正にこうしたところで、それは歴史の蓄積の結果であり実りの収穫な訳です。

 にもかかわらず私達はそのせっかくの豊かな実りに目をくれず、楽な方へと流れては自分が何を失ってしまったのかを気付かずにいるのではないでしょうか。

 着物をきちんと着こなすには、普段の姿勢、身のこなしが求められます。色や柄を選ぶには、教養とたしなみが求められます。着物の着方、畳み方を学ぶには長い訓練と先人の教えが必要です。

 これらはみな、人間の営みです。

 着物を着た姿が様にならなかったり、どんどん着崩れていったり、とんちんかんな組み合わせの着物を着たりするのは、そこに全部自分が反映されてしまっているのです。

 その煩わしさを、お手軽ワンタッチ着付けなどで逃げてしまっても、それは、自分自身から逃げているにすぎないのです。

 自分に厳しくなれない、自分を律することが出来ない人間が、随分増えました。私の身の回りにも沢山います。楽ちんを選んでいるようでいて、ちゃんと後々、大きなツケを払わされる時が来るのです。

 着物のお話、次回またもう一度。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)
 

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