otowa.gif

 オペラ「魔笛」の公演に携わってきました。

 「魔笛」は二回目です。

 このスラップスティックでファンタジックでクレイジーで破綻しきったオペラは私のお気に入りです。

 いやぁしかし、終わってみれば色々あった公演でした。今月から何回かに分けてそのお話をしましょう。

 ※
 今回の「魔笛」は、シンセサイザーを多用した公演になりました。多くの音楽家が意見を同じくするところですがモーツァルトの時代にシンセサイザーがあったら、あのモーツァルトの性格からして、やりすぎるくらいにシンセサイザーを多用していたであろうと言う点と、魔笛という作品の性格上、シンセサイザーを使用しやすいという点からです。

 効果音も沢山使用することになり、トータルコンセプトとしては、小振りの会場に溢れるような様々な音があって、その中に歌声も含まれている、という感じで稽古が進みました。

 ところが、問題のシンセサイザー奏者なんですが。

 私もミュージカル公演やスタジオワーク等で今まで多くのシンセ奏者と出会ってきましたが、今回の公演のシンセ奏者には、稽古場で初めて会った時から、あれ?という、違和感を感じていました。

 挨拶、立ち振る舞い、持ってくる楽器やその他の機材の種類と状態、稽古前の準備の段取り、稽古中の言動、そしてなにより、その演奏。

 そういった微細な、細かなさりげないところで、何かが引っ掛かってくる。何かが。「ん?」と。

 それは私だけでなく、指揮者や演出家も同じように感じていたようで、それでもプロの集まりですし、何も言わずに稽古の日程は消化されていった訳です。

 稽古が進むにつれ、私の中では疑惑が膨らんでいきました。いわゆる、「こいつ、大丈夫か?」というヤツです。私よりずっと年上のベテランシンセ奏者なんですが、こうなると年上も年下もありません。

 稽古が進んでも、彼の演奏は、ピアノやフルートに対して、微妙に、紙一重で遅れるんです。多分、普通の人が聴いていたら分からないと思います。これは、ロックやポップス、或いはジャズのバンドで、主たる演奏に対し、助っ人でやって来たキーボードが、主たる演奏の邪魔をせず参加する、という時によく聴かれる感じで、そういう場合は別に問題にもなりません。

 しかし、クラシックのアンサンブルは、そうはいかないのです。時間軸は指揮者にあり、タクトの先から伸びている見えない糸に、ちゃんと全てがつながってなければなりません。

 指揮者のM氏は百戦錬磨のベテランで、私とは長いつきあいの悪友ですが、短気で瞬間湯沸かし器みたいな性格なんです。そのM氏が、珍しくずーっと何日も我慢していたのが、本番まで4日を切った稽古の大詰めで、ついに意を決したようにシンセ奏者に向かって口火を切りました。
「全部の演奏が紙一重で遅いんだ。合わせて合奏しようとしてたらいつまでたってもそのままだよ。アンサンブルってそういうもんじゃないからさ。演奏姿勢を修正してくれ。」

 これに対するシンセ奏者のアンサーは、翌日の稽古を無断欠席、という形で表わされ、事態は風雲急を告げる様相を呈してきたのです。

 そして明日が初日、という夜。深夜、もう寝ようとしていた私の自宅の電話が鳴りました。
 指揮者のM氏からです。
「今、シンセ奏者と電話で2時間半程話してさ。降りてもらったよ。」えええええええ!?

 「いやぁ、降りてもらったと言うか、もう修復不可能な大喧嘩になっちゃってさ。やめろ、やめてやる、になっちゃったわけよ」あ〜あ。

 「ごめん、石丸ちゃん、石丸ちゃんに一番迷惑かけることになっちゃった。代わりの弾き手は俺の教え子にやらせる。これから徹夜で譜読みするって言ってるんだけど、肝心の楽器のシンセがなくって、俺の持ってるちっこいキーボードを今、内蔵の音色を聴いてるところなんだけど、出力がヘッドホン出力しかないんだ。なんとかなるかなあ。」

 私の頭の中で、指揮者のM氏が、深夜、彼の自室の畳の上に正座して、背中を丸めてピアニカ程度の大きさのオモチャのキーボードを、人差し指でピー、ピーと鳴らしている情景が浮かんでしまいました。
「何かさぁ、石丸ちゃんにも、演出家にも、主催者にも申し訳なくってさぁ、俺もう、明日が来て欲しくないなぁ、みんなに合わせる顔がなくてさぁ。」

 私の困った性格は、こういう事態になる程アドレナリン回りまくりのドーパミン出まくりで燃えてくるところで、眼球の奥で「The Show must go on!」の文字のネオン光管がピコーンピコーンと眩しく点滅し始めます。

 受話器を握る手に力がこもります。
「Mさん、大丈夫だよ。ちゃんとうまくいくよ。うまくいくようにしてあげる。Mさんは正しいよ。心配しなくていいよ。」

 おいおいそんな事言って大丈夫なのか石丸!

 以下次号。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)

OTOWAYA homeOTOWAYA home
OTOWAYA home