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 以前このエッセイにて、私が手掛ける公演の現場の、スリーマン・オペレーションについてお話させていただいたことがありました。
(98年12月号、99年1月号)
それはその後何年にもわたって、いろんな方々から大きな反響と御意見を頂戴することとなりました。

 殆どが御賛同下さる御意見か、現状では不可能だが予算があるなら自分もやりたい、というお話でした。

 映画の制作におけるダイアローグ・効果音・音楽と担当を分けて三人のオペレータがミキサーの前に座るスタイルと奇しくも同じやり方の私のスリーマン・オペレーションは、別に私が自分で思いついて始めたものではなく、私が若いころに修行をした商業演劇の世界では、当たり前のように行われているものです。

 ワイヤレスマイクと拾いマイクの担当、効果音担当、音楽再生あるいは生演奏の音楽の担当、このように分けられ、効果音と音楽の担当を兼ねることが可能なプランであれば兼ねてツーマン・オペレーションにするといったやり方でした。

 ひとりで何でも出来るのがエライわけでもなんでもありません。オペレータは軽業師ではありませんし、お客様は舞台に背を向けてオペレータの華麗な技を見にお金を払っておいでになるわけでもありません。そこに固執するのは結局のところ自己満足にすぎない、と申し上げざるを得ないのです。

 私達は機械を操作するのが仕事ではありません。
 音に芝居をさせる、音を通じて自分が出ずっぱりで芝居をする、つまりオペレータは演者なのです。

 マイクも再生機器もあれもこれもとめまぐるしくキッカケに追われてただ操作に追われるよりも、声なら声、効果音なら効果音、音楽なら音楽に没頭し集中して、演じ切ることに精根を傾けた方がいいに決まってます。

 そして今回、皆様にお話ししたいのは、必ず客席の真ん中の、演出家や美術家や音楽監督達が座っているところに、音響のデザイナー、プランナーがちゃんと座っているというチーム体制を徹底させましょう、ということです。

 これも前述の、私が修行していた商業演劇では当たり前の事でした。でも大方の公演では、プランナーがオペレータを兼ねてしまって卓のところにいて、客席真ん中の演出家やプロデューサー達の所には音響さんは誰も座っていない、というのが現状です。

 これを舞台上の出演者から見るとどう思われるでしょう。
 舞台から客席を見ると、真ん中あたりに演出の先生、照明の先生、振り付けの先生、美術の先生、音楽監督、歌唱指導の先生、プロデューサー、各セクションが「顔」としてそこに見えている訳です。音響だけが、最後列あたりでせっせと忙しそうに動いていて先生不在。これでは、出演者達から見て音響が、他のセクションより低く見られるのは当たり前のことです。それが、音響のステイタスが上がらない、ギャラが上がらない原因の一つであることは確実です。
 プランナー、デザイナーは、客席真ん中あたりに「いる」というのが一番の仕事です。音が大きいとか小さいとか、もっと上げろとか下げろとか、そういうことは出演者や他セクションへの「ポーズ」で一向に構わないのです。音響がいるぞという存在感のアピールと、複数抱えたオペレータのギャラをしっかりゲットする、それが客席真ん中に座る人の一番大事な仕事です。

 自分のプランを他人に任せられない、という人も沢山います。

 自分のイメージ通りに他人がオペレートしてくれないのは当たり前のことです。

 自分のプランを他人の手に委ねて、プランを自分から突き放して聞いてみましょう。謙虚に。

 プランを立てた時には自分ではいいプランだと思っていたものが、他人の手に委ねると、何だか余計だったり、意味なかったり、くどかったり、独善的だったり自己満足だったりすることに気付かされます。

 他人に委ねることによって、程よくアクの抜けた、澱が濾過された、よいプランになっていったりもするのです。

 今、現場の体制をこのように、音響の存在をアピールし、ステイタスの向上とギャラのアップを目指す努力が必要だと考えるのですがいかがでしょうか?

 最後に私事ですが、次号でこのエッセイが第100幕を迎えることになりました。

 96年から始まりましたこのエッセイも8年を迎え、多くの方々に反響、感想、御指導を頂きましたことを、ここに感謝いたします。

 これからも、10年目へ、200幕へと精進して参りますので、どうぞよろしくおねがいいたします。


(石丸耕一 音響演出家 www.lunadfuego.com)
 

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