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 音を出すことによって、音を聴かせるのではなく、
 音を出すことによって、空間を感じてもらう。
 これからの音響演出の根幹となるものです。

 それはすぐにマルチチャンネル、というふうに短絡的に考えるのではなく、勿論マルチチャンネルであっても、2チャンネルステレオであっても、或いはモノラルに於いてさえ、この考え方を抜きにしては音響演出は成立しなくなるのでしょう。

 99年6月号でもお話しいたしました。音の3要素には入っていないが、音の3要素それぞれに大きな影響を及ぼす、第4の要素。それが距離感。
 音源との距離が変化すると、聞こえる音の音色も変化する。その変化に聴く者は、音と自分との距離を感じ、音と自分との間にある空間を感じる。

 その音を聴いた人が空間をイメージする。
 その音を聞いた人が空間に思いを馳せる。
 これが本来的な、立体音響演出だと思うのです。

 その思想なしに、いたずらにハードウェアやテクニックの話ばかりしていても不毛なのです。
 昨年夏に開催された、日本音響家協会の技術セミナー「立体音響演出」は、まさにそこがテーマでした。
 立体音響を技術と言わず、敢えて演出と呼ぶことで、テーマをより明確にしたものです。
 そのセミナーにプレゼンターとして登場された、東宝スタジオの多良政司さんとは、その後もいろいろお話をお伺いしておりますが、多良さんと私とで共通に感じ合うのは、舞台の世界と映画の世界の、音に対するアプローチのスタンスは以外に近く相通ずるものが多いな、ということです。多良さんも、映画と放送では相違点を感ずる事の方が多いが、映画と舞台とでは相通ずるものを多く感じる、とおっしゃっていました。

 音源が遠ざかれば音色が変化する。ONの音をただ音量を下げて貼り付けてもそれはOFFの音にならない。音が遠ざかったことにならない。作り手は約束事のようにそう思っていても、そういう音作りでは、お客様は単に音を聞いて認識はしてくれても、そこ止まり。
 音を聞いて空間を、距離を、移動感をイメージしてはくれない。
 舞台の場合、素材はみなONの状態の音素材で構わない訳なんです。その音を出すスピーカの仕込み場所が舞台や客席のあちこちに散らばっている。しかもそれらのスピーカは必ずしも客席に向いて設置されている訳でもない。

 これによって、音素材がONの状態であっても、その素材をどのスピーカから出すかによって客席との距離感を物理的に発生させることになり、それによって音色が変わるので、出力スピーカセレクトで自在にOFFの状態が作れます。スピーカの設置場所は天井裏から客席の床下にまで及び、その数160以上にも及ぶ劇場が沢山有ります。正に究極のマルチチャンネルと呼べるでしょう。
 映画の場合はスクリーンという平面が視覚上の世界になりますが、その平面の絵で表現されている遠近感をリアルなものにするために、音にも位置、移動感、距離感を持たせるそうです。例えば台詞の声が、画面で遠ざかっていくのに併せて音量を絞るだけではダメで、遠ざかるにつれて音量が下がりつつ、遠ざかった音色に変わっていかなければならない。それは俳優がアフレコでマイクから顔をそむけながらしゃべる、ということでは最早間に合わず、そのための音場シュミレーションソフトで、場面が室内だろうと海の底だろうと宇宙空間だろうと、海の底なら海の底なりに、お客さんが、「ああ、海の底をしゃべりながら遠ざかっているな」と実感できるような音色の変化、それによって海の底の果てしない奥行き感をイメージできるような変化、目的はむしろそちらにある、ということです。

 私も最近見た映画で、どしゃ降りの雨の中で立ち尽くす主人公の場面ですが、主人公がアップで映っている時には、激しい雨の雨粒の音が大きく聞こえているのが、カメラが引いていくにつれて、主人公が立っているビルの谷間に響いている雨の音に段々と雨音が変化していき、主人公がいる空間の響きを感じ、それによって主人公の心情もよりリアルに伝わり、上手いなぁと感心したことがありました。その雨音の変化は単に音ネタを変えていくのではなく、同じ雨音がその音色を変えていく。

その連続可変の仕方が、音響のひとりよがりでなく、きちんとお客様にアプローチしようという姿勢が、逆に音響の誠意として伝わってくるものでした。
 別にその場面はサラウンドになっている訳でも何でもありません。でも、十分でした。
 距離の変化による音色の連続変化を考慮にいれずに、イタズラにサラウンドにしてしまったら、このシーンはぶち壊しだったでしょう。

 その考え方は、劇場における音響演出にも十分有効なものであると、私個人は幾つかの現場での実験によって確信しています。

 音を出すことによって、音を聴かせるのではなく、
 音を出すことによって、空間を感じてもらう。
 このお話、次回も続けてお話しさせて頂きます。

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