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 効果音の中には、雷や雨、動物や犬の鳴き声を表現する「具象音」と、同じ雷でも稲妻が光った時のピカッという、本来音はしていませんが聴く人の心の中で鳴っている音、「心象音」があります。
 これは、ピストルの「バキューン」も同じです。
 本来ピストルは「パン」という、火薬が炸裂した音しかしない訳ですが、ドラマのクライマックスで主人公が撃たれる時に「パン」ではお話が盛り上がりません。
 この「バキューン」を分解しますと、「バ」と「キューン」に分けられると思います。
 「バ」は引き鉄を引いて弾丸が発射された瞬間、「キューン」は弾丸が飛んでいる音なのでしょう。ピストルを撃たれた、という心の衝撃が、このような心象音となって聞こえているのです。日頃の生活にピストルがなく、本物のピストルの音にリアリティを持っていない日本人ならではの音です。

 同じことは雷にも言えます。ピカッゴロゴロと言いますが、ピカッという音は恐らく稲妻を指しているのでしょうが、よく考えると稲妻自体は単なる放電現象であり、稲妻自体に音はしていません。稲妻が光って、「うわっ、光った!」という心の衝撃が、光った稲妻に「ピカッ」という音を附けているのです。これも日本人ならではの、豊かな音の感性と言えましょう。

 さて。ベートーベンの交響曲5番「運命」は、冒頭、「ダダダダーン」という音で始まりますが、これは、「運命がダダダダーンと扉を叩く音」なんだそうです。劇作家の寺山修司氏はエッセイの中で、思春期にそれを知り、運命というものは運命の方から扉を叩いてやってくるのかと、大きなショックと感銘を受けた、と書かれています。勿論この曲は名曲ですし、私も「そうか、ベートーベンにとっての運命の音っていうのはこういう音だったのか」とは思いますが、さてここで皆さん、皆さんそれぞれにとっての運命の音って、ベートーベンと同じ音ですか?

 ここで今月のタイトル「締め切りの音」に話がつながってきます。
 タイトルを見て「なんだ、石丸もネタが尽きていよいよ締め切りをネタにしてきたか」と思われた方、残念でございました。
 こういう音というのは、冒頭で述べた具象音でもなければ心象音でもなく、言ってみれば心情音、でしょうか。
 こういう音には正解はなく、人それぞれみんな異なるものです。表現方法も、ベートーベンのように音楽で表現する人もいれば、私達のように音楽ではない音で表現する者もいます。
 あとは、その音を使用する作品にその音が、或いはその音楽がマッチするかで複数ある音の候補を取捨選択する訳ですが、そういう仕事から離れて、自分の内なる運命の音、といいますと、私としては、ズズーンとかドドーンとか、絶対的な大きさと重さを感じさせる、たった一発の音になるでしょう。私にとっては、ベートーベンの運命は、運命の音にしては、少々軽いように感じてしまうのです。

 心情を音楽で表現するということには大きな敬意を払っています。可聴周波数帯域の中で、音楽に使用される部分は、真ん中の狭い部分です。西洋音楽だと更に狭くなります。その狭い範囲の中で、まるでマンダラの用にゴブラン織りを織り上げるように、星の数ほどの音楽が、長い年月の間作られて来ました。それは本当に素晴らしいと思います。が、私は、音楽の外側の音、五線譜からはみ出した音に、とても愛情を感じているのです。

 以前、サウンド・コラージュというライヴを行って出演した時に、音楽大学の先生が、「君の作品は相応しい。サウンド・コラージュなどと言わず、これは立派な現代音楽、無旋律音楽だというべきだよ」とおっしゃって、大層腹が立ちまして、「あなたの作品も立派なサウンド・コラージュだよ。現代音楽、無旋律音楽と言わずにサウンド・コラージュと言ったら如何?」と言い返してやったことがありました。

 運命の音と同じように、締め切りの音、と言われて、皆さんはどんな音、或いは音楽をイメージしますか?
 私は、重い足音、少し足音を忍ばせ気味の、ゆっくりとした足音をイメージします。ゴツ、ゴツ、ゴツ、という感じですね。

 このエッセイに度々登場する私のパートナーの白石は、締め切りの音、というと、低い風のような音、ゆっくりとうねっているような音をイメージするそうです。
 こういうものは人それぞれ、その人なりのイメージですから、正解というものは存在しませんし、だからこそ心情音は難しいのですが、同時に互いにイメージを披露し合っていると楽しいものです。

 と、ここまで書いて気がつきました。ベートーベンの運命、あれは実は、交響曲5番を書いていたベートーベンの所に度々やってくる、締め切りの催促の扉を叩く音だったのでは。そう聴くと「ダダダダーン」に限りないシンパシーを感じて聴くことが出来ます。
 締め切りがダダダダーンと扉を叩く。

 嗚呼、ベートーベン、貴方もか。

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