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 私の義弟はフランス人です。
 私の実妹とパリで結婚し、東京に住んで東京で仕事をするようになって早や4年。気が合ってよく一緒に遊ぶ分、フランス語と日本語、その音としての言語の違い、本質的な共通点などを、日々の生活の中で気付かされたり思い知らされたりして楽しんでいます。

 フランス語の単語の前に必ず付いてくる「ル」か「ラ」の音。単語と一緒に憶えてしまわなければ絶対に訳がわからなくなる音です。
 何か規則性があるのではないか。こういう私の質問自体が「お兄ちゃん日本人っぽーい」。
だって日本人だもん。「オペラ座」は「ル オペラ」となりますが、英語のaとかtheとかとは違うのかな?
 「あのね、可愛いのがラ。可愛くないのがル。」
 じゃオペラ座は可愛くないんかいっ。
「ぜんぜん可愛くないでしょー?」
 車はラ、バイクもラ、トラックはル。車は可愛い、バイクも可愛い、トラックは可愛くない。
 いいのかこれで!?
「ルーブル美術館」を文字面通りに「ラ ミュゼ ド ルーブル」と読んだら「ル ミュゼだよ」。
ルーブルも可愛くないのかっ。もう訳が分からない。

 フランス語にはフランス語とパリ語がある、と言っても過言ではないそうで、発音やイントネーションがパリとその他の土地では全然違います。
 このへんは階級社会がしっかり残っているヨーロッパならではのことで、似たような経験をウィーンでもしました。

 「塩」の「ザルツ」はウィーンでは「サ(ハ)ルツ」となり、「ザルツブルグ」というとバカにしたように笑って「サ(ハ)ルツブルグ」と言い直させられます。
ウィーンの人達は誇らしげにこれを「ウィーンなまり」と言い、「ウィーンではワルツもなまっている」と胸を張ります。なるほどウィーンフィルの演奏するウィナーワルツは、いわゆるワルツのズンチャッチャとは微妙にリズムが違っていますね。

 フランス語も、パリっ子、それも上流階級になるほど、文頭以外のRの音を、鼻に抜いて喉も鳴らすような難しい発音で、ハ行に近い発音をします。
前述の「ル・オペラ」は「ル・オペハ」に近い発音、「ブラボー」は「ブハボー」に近い発音、皆さんよく御存知の、フランス語の「ありがとう」は「メルシー」ではなく「メフシー」に近い発音になります。

 このRの音をしっかり発音すればするほど、南フランスの方の人間、イタリアやスペインに近い地方、つまり貧しい田舎者、という差別、蔑視、偏見が根強く残っているんですね。もちろん地方の人達も負けてません。
「パリ?ありゃフランスじゃない。パリはパリ。俺達こそが生粋のフランス人なんだ」と胸を張ります。
当然パリの人達も「その通り。パリはパリさ。なんったってパリだからね」と鼻で笑い、もう、付き合いきれません。

 フランス語も日本語も、言語としての侵略を受けたことの無い言語です。こういう言語は、一つの言葉が沢山の意味を持っていたり、一つの意味を沢山の言葉で言い表せたり、ということが沢山あります。

私はこれを、言語が「醗酵している」と呼んでいます。
 私の大好きな小説で、A.デュマの「モンテ・クリスト伯」というのがあります。
この小説の原題は「ル コント ド モンテ クリスト」。ル コントというのが伯爵という意味だよねと義弟に言うと、
「そうだよ。でもこの場合、もう一つの意味を持っているんだ。ル コントというのは、(〜の物語)という意味も別に持っている。だから、このタイトルは、モンテクリスト伯爵という意味と、モンテクリストという男の物語、という二つの意味を持つんだ。」
 デュマはこの二つの意味を持つ言葉を表題にすることに、どんな気持ちで、どんな思いを、あるいはどんな密かな企みを込めて隠したのでしょう。

 このあたりは日本の古典文学にも通ずる部分で、とってもかぐわしい、醗酵した言語の世界の話の匂いがプンプンしてきます。
 これが「文化」です。言語は道具ではなく文化です。どんなに面倒くさくても、いかにマイノリティーであろうと、大切にすべきものです。

 日本人にとってフランス語は英語に比べて難しく取っつきにくい言語です。フランス人にとっても日本語は世界で最も難解な言語と受け取られています。
 お互いに長い歴史と醗酵した文化を持った言語という音。ちょうどチーズと納豆のようなものです。
 カマンベールチーズの上を蓋を開けるように切り、中のトロリとした所に引き割り納豆をドロリと入れて、みりんをかけ回して再びチーズの蓋をして、オーブントースターで焼いてみて下さい。得も言われぬ日仏友好の醗酵文化のガチンコハーモニーが大変美味です。

そのかわり近所から苦情が来るくらいクサイですからお気をつけを。

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