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 良い絵や写真を見ていると、頭の中に音楽が流れてきます。良い音楽を聴いていると、頭の中に絵や情景が浮かんできます。
 美術展めぐりの季節になってきました。私は画家や作品の有名無名に関わらず、絵の前に立って、頭の中に音楽が流れてくる作品に出会えると、何時間でもその絵の前でボーッとしています。
 が同時に、幼少の記憶が印象を左右してしまう影響力の強さも見逃せません。

 小学校の音楽室に飾ってある音楽家の肖像、あれは強烈極まりないもので、子供にとってはあの肖像画の印象がその作曲家の作品の印象に直結してしまいます。
 そしてそれが正しければよし、そうでない場合、誤解を持ったまま大人になってしまいます。
 ベートーベンの「運命」や「皇帝」を聴きながら音楽室のベートーベンの肖像画を見ると、あのモシャモシャの髪に睨み付けるような上目使いの眼差しが曲にマッチしています。が、「田園」や「第九」を聴くと、とてもこの人がこの曲を書いたとは子供心には思えません。「人を顔で判断するな」と子供に教えるために肖像画を音楽室においている訳でもなし、音楽鑑賞の妨げにしかなっていないように感じます。

 バッハ、ヘンデルからモーツァルトまでは、当時の流行というかマナーで鬘をかぶっています。あれも子供心には奇怪に映り、モーツァルトのサザエさんのような鬘、バッハのオカマの校長先生のような風貌、どれもこれも子供からクラシック音楽を敬遠させるには十分すぎるほどキャラの立ったアクの強いインパクトです。大人になってから、当時のヨーロッパの上流社会に入浴・洗髪の習慣がなく、同じ時代の日本に比べて非常に不潔で非衛生であったこと、それを隠すための香水と鬘の使用を知る訳ですが、知ったところで幼少時に受けたインパクトは消えません。

 私が小学生の頃、ショパンの肖像画が嫌いでした。
 音楽室にあったショパンの肖像画は、細面のひ弱そうな、イジメたくなるような印象で、端正だが女々しそうな顔に「子犬のワルツ」や「別れの曲」がピッタリしていると感じていました。
 エチュード「革命」にしても、他の作曲家が手掛けた戦争や革命を題材にした曲は、勇壮なエネルギッシュな曲が多いのに対し、ショパンの「革命」は、なんでこんなに泣きのメロディーなんだ、きっと心底ひ弱で女々しいやつだったんだと、勝手に思い込んで毛嫌いしていました。

 高校生の時、ドラクロアの絵に心奪われます。
 ドラクロアの絵は私にはとても演劇的で、構図と配置、ポーズのダイナミズムと躍動感、そして何より光と影。どの作品も舞台のワンシーンを切り取ったようで、どの作品からも音楽が聞こえてきます。
 舞台関係者、演劇関係者でドラクロアを嫌い、或いは認めない、或いは興味持てないという人はいないでしょう。
 そこで1枚の絵に大ショックを受けました。
 ドラクロアの「ショパンの肖像画」。
 え?嘘。これがショパン?
 振り乱した髪、顔の半分は影が差し、宙を見上げた表情は苦悩、孤独、哀しみに濡れた怒り。
 小学校の音楽室のあの甘ったるいひ弱なショパンのイメージがガラガラと音を立てて崩れていきました。

 このドラクロアのショパンは、当時同棲していた、ジョルジュ・サンドとのツーショットで描かれ、その後二人の別離と共に絵も二つに裂かれたとのエピソード付きですが、愛しい人と共にいながらこんな表情をしているショパン。どうしてだろう?
 猛烈に興味が湧きました。そしてショパンがポーランド人だということ、列強に蹂躙される祖国をいつも想っていたこと、その祖国を見捨てて来た罪悪感、パリで成功を収めれば収める程望郷の思いと孤独感に落ち込んでいったこと、祖国で革命が勃発し、それが弾圧され、友人や血族が斃れ、或いは苦しんでいるのを遠いパリの空からただ思うしか出来ない自分、祖国に帰ることの出来ない意気地のない自分、そんな自分が聴衆の喝采に包まれていることの後ろめたさ、空しさ、その中から生まれてきたのがエチュード「革命」。
 その肖像画を見ながら改めて「革命」を聴きました。
 そしてようやく、この曲の内包するものに触れた気がしました。泣きのメロディーとバカにしていたものは、ショパンの叫び、慟哭だったのだとようやく気付きました。叩き付ける激情が胸に迫って、生まれて初めて音楽を聴いて泣きました。

 ドラクロアに出会わなかったらきっと一生ショパンを誤解したままだったでしょう。
 思えば音楽室の肖像画のおかげでとんだ回り道をさせられたもんだ、と勝手に責任転嫁をしています。
 高校生の時のこの経験から、私は今でも音の演出に音を色や絵で表現したり説明したりします。
 そしてこの秋も、どんな音楽を聴かせてくれる絵に出会えるか、それを楽しみに、美術展に音を聴きに出かけてこようと思っています。

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