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 先月からの続きです。

 とある外国の劇団の来日公演を中継収録するためにテレビ局が下見に来た際、作品中の舞台が暗すぎるということで、ディレクターの方が大変横柄な態度で日本側の照明スタッフに「収録の時だけもっと明るくしろ」と言ってしまいました。日本側の照明スタッフは怒るし、演出家もやってきて、手の平返した様なディレクターの卑屈な態度にも「明りを変えろというのは私の作品に死ねというのと同じだ。あなた方が今すぐ引き上げるか、私が帰国するか、どっちか選べ」と通訳を介して大変丁寧に温和な態度で言い放ち、その場が凍りつきました…というのが前回まで。

 「あのぉ、ちょっといいですか?」
 重苦しい沈黙を破ったのはカメラ担当の方でした。
 全員がハッとしたように彼を見ます。
「明りは変えずにこのまま収録させていただきましょう。演出家の方のおっしゃる通りだと思いますし。
ただ、もし可能でしたらば、」と一息おいて、
「終演後、お客さんがハケた後で、幾つかのシーンを撮り直させて貰えませんか?お客さんを気にせずに、客席の一番前や、舞台の上にカメラを乗せて、至近距離から撮影をさせて下さい。勿論その時も明りはそのままで結構です。如何でしょう?」
 今度はディレクターさんと招聘元が「そんなことダメだ、無理なお願いするな」と慌て始めましたが、通訳からそれを聞いた演出家は、それを遮ってニコニコしながら、
「おぉ、そういう御提案なら大歓迎です。問題をクリエイティヴに解決なさろうという姿勢に敬意を表します。早速打ち合わせを致しましょう。」
言うやいなやズンズン大股で客席へ歩いて行きます。全員が慌ててついて行こうとします。そこからは物凄い勢いです。演出家は私に「客席のガナリMICを使わせて下さい」と言い、私が「いつでもどうぞ」と言い終わる前にMICを引っつかむと、
「タヴァーリッシ!!」
(ロシア語で同志諸君!の意味。ソヴィエト時代のロシアの劇団の話です)
 超カリスマ演出家として名高い彼の怒号一声、楽屋にいた40人近い俳優全員が15秒以内に猛ダッシュで舞台に集合しました。
 演出家はカメラ担当の人の背中を押して俳優達の前に出し、早口のロシア語でまくし立てます。聞き終わった俳優達は口々に「オォ、ハラショー」(素晴らしいとかGOODといった意味)とニコニコしながらカメラさんに拍手します。
 演出家は通訳を通して、「さぁ、どの場面をどういう風に撮りたいんだ」と訊いてきます。それは本来カメラさんの決めることではないらしく、カメラさんは急に困ってしまい、また慌ててディレクターさんが駆け寄ってきます。が、演出家はギロリとディレクターを睨み、「お前と口をきく用は無い」という意思が全身からみなぎっています。

 こういうことは、海外のカンパニーでは時々あることで、とてもシステマチックに物事を進めて権利と責任の線引きがとてもハッキリしているスタイルと、全くシステムを用いず、その時皆が納得する才覚や提案をした者がその場のリーダーになって皆が従う、というスタイルに大体二分されますが、この劇団は後者のようでした。

 カメラの方は意を決したのか、ここでこう、この台詞でこう、と、説明していきました。恐らくそれは本来のカメラ割に添ったものだったのだと思いますが、演出家はそれに合わせて稽古を始めました。

 収録は無事に済み、オンエアもされて、そのVTRは今でも私のラックに入っています。
 そのスタッフクレジットの中に、件のディレクターさんとカメラさんの名前を見るにつけ、思いますのは、同じ照明と音響でも、放送やVTRと舞台とでは正反対の存在だということ、そして、その両者が出会った時は、口の聞き方一つで、起きる化学反応は全く違ったものになってしまうということです。今回は、技術の方が制作を助けたケースでした。

 かつて舞台に音響という部署が現れた時も、それまでの長い歴史を築いていた舞台さんや照明さんと、いろんな軋轢があったそうです。音響の側も、舞台での約束事やしきたりや礼儀、気質を知らずに、うっかり「地雷を踏んでしまった」ことも山ほどあって、その蓄積の上に、現在の舞台音響があるのだろうと思います。

 前号でお話しした、ビデオ屋さん、という方々が、今丁度、かつての音響と同じように、地雷を踏みまくっている最中なんだと思います。
 劇場と上手にコミュニケーションを取ってスムーズに仕事を進める方もいらっしゃいますし、トラブルをよく起こす方もいらっしゃいます。
 特に収録は公演の中身に直接関わりがないだけに、コミュニケーションを取りにくいかもしれません。
 でも、気軽に声をかけてみて下さい。
 お互いに、多くのものが手に入ると思います。

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