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 冠婚葬祭で出かけて行って、その会場のPAがあんまりひどくて気になってしょうがなかった、という御経験が、この本の読者の皆様なら少なからずございますでしょう。

 数年前、ちょっとしたことで表彰を受けることになって、受賞者の列に座っていまして、受賞者は殆ど知り合いだったのですが、式典が始まると、いやもう、ずーっとハウリングギリギリのヒュインヒュインいってるPAで、祝辞を賜るどころの騒ぎじゃありませんでした。
 来賓が皆さん顔をしかめてスピーカの方を振り返り、受賞者達がみんな私を「お前音響だろ」という目で見るので、私も負けじと「俺を見るな俺を」と目で訴え返し、激しい無言の攻防戦を繰り広げていました。

 昨年、従兄弟の結婚式に出席し、披露宴会場のスピーチのPAが、タ行とサ行がサチりまくっていて、チリチリキチキチと、奥歯に、虫歯に、親知らずに刺し込むようなPAで思わず「いいから替われ」と席を立ちそうになるのをずーっと堪えていました。

 葬式に出席するために大阪は枚方市へ出かけていった時、告別式の開始時間になると司会者が進み出て、「それでは只今より、○○様の御出座でございます」と言って、やおら華麗な音楽が流れ出し、お坊さんがしずしずと登場したのにも驚きました。
「はあぁ、これは宗派なのか枚方市の慣習なのか、葬式の坊さんに出の音楽がついてらぁ。」
 そのうちミラーボールが回ってスモークが焚かれるんじゃないかと不謹慎なことを考えていると、係員が進み出て恭しく坊さんにピンワイヤレスマイクを取り付け、読経が始まりました。
 これがまた、ピンマイクのヘッドがあさっての方を向いているらしく、坊さんの声は全く聞こえません。そのかわり木魚の音が、壁も崩れよスピーカも壊れよとばかりに、ボコーン!ボガーン!と轟き渡ります。
 私が棺桶の中に入っていたら、「いいから替われ」と生き返ってフェーダー握りますな。

 これ以上筆が滑ると「不謹慎だ」とお叱りを受けそうなので控えますが、冠婚葬祭は、たかだか数時間のことでも、一生思い出に残る特別な数時間です。
 毎日毎日、数時間という時間はあっという間に過ぎていって忘れてしまいますが、冠婚葬祭の数時間は、何十年たっても、あの時あーだったこーだったと、口の端に上ります。

 結婚式の披露宴で使われる音楽もそうでしょう。新郎新婦が思い入れたっぷりに選曲した曲は、それがどんなものであっても余人が口を挟むところではありません。が、友人や幹事が選んだとなると、「おいおい」とツッコミたくなるような事がままあります。

 一番大変なのは、冠婚葬祭のうちの、葬、でしょう。

 この頃では、生前に「私が死んだらこういう葬式にしてくれ」「私の葬式にはこの曲をかけてくれ」という希望をおっしゃる方が随分増えてきました。
 それは、結婚式の選曲の希望とは全然こちらの受け止める重さが違ってきます。重大な預かり物をしたような気持ちになりますので、頼まれた曲がクレイジーキャッツの「ハイそれまでよ」だった時は絶対に冗談か照れ隠しでおっしゃってるんだと思ってたら御当人は至って大真面目だった、ということがあって大弱りでした。

 ある方に、「俺が死んだ時には『スターダスト』をかけてくれ。俺のCDラックにCDが入っている。」と言われました。70歳近い方なのですがとてもお元気な方で、「まだまだ先の事でしょうからね、忘れないようにしときますよ」と相づちを打っておきました。
「うむ。頼むよ。俺はあの曲を、学生の頃から50年近く、楽しいときも、悲しいときも、いつも聴いてきた。俺の人生のいろんな時に、あの曲は流れていたんだ」
 こう言われるとこちらも居ずまいを正さなくてはなりません。「もし宜しければ、今その曲を聴かせて貰えませんか?」と頼んで聴かせて頂いた「スターダスト」は、なんとも言えない深く美しい曲でした。

 その方の妹御さんが、御病気で亡くなられまして、告別式に出席した帰り、「まあコーヒーでも飲んでいけ」とお宅にお邪魔した時。
 リビングのテーブルの上に、あの「スターダスト」のCDが置いてあり、オーディオは電源が入ったままでした。思わず「あぁぁ」と立ちすくんでしまいました。
 思うに前夜、通夜の後、その方は一晩中「スターダスト」を聴いていらっしゃったのでしょう。
「楽しいときも、悲しいときも、いつも聴いてきた。俺の人生のいろんな時に、あの曲は流れていたんだ」
 そして昨夜も、その曲は一晩中、その方に寄り添って、妹御さんとの、幼兄弟の頃からの思い出を奏で、語り合ったのでしょう。

 つくづく思います。音響とは、音と人との間にある「想い」を汲み取る作業なのだと。
 いつかその方にその「時」が来た時、私はその「スターダスト」を、どう流そうか。
 私のそれまでの音響家人生を差し出してフェーダーを握らなければ曲に吹き飛ばされてしまうでしょう。
 とても仕事でこなせるものではありません。

 一人の人間の、お終いの音楽、は。
 

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